2017年2月14日

【無料記事】フジテレビ「エビ中訃報スクープ」の問題点

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 2月8日、アイドルグループ『私立恵比寿中学』、通称「エビ中」のメンバー、松野莉奈さんが突然亡くなった。致死性不整脈の疑い。18歳、あまりにも若すぎる死だった。

 この衝撃的な訃報を報じたのは、所属事務所の公式発表ではなく、フジテレビの報道番組『FNNスピーク』(月〜金曜・11時半〜11時55分)のスクープニュースだったことをご存じだろうか。

 少なくとも報道関係者にとって、スクープほど〝勝ち負け〟が明確なものはない。報じた側に絶対的な正義があり、破れた側の主張は「言い訳」「弁解」と受け取られるのが普通なのだ。

 ところが今回に限っては、フジテレビの報道姿勢に疑問の声が少なくないという。それも「負け惜しみ」ではなく、それなりの根拠があるというのだ。

 テレビ局の関係者が明かす。

「通常、芸能人の訃報は所属事務所の発表を踏まえて報じることが大多数ですが、稀に特定のメディアが独自情報を得ることもあります。その際でも、所属事務所や遺族など関係者の確認取材が必要であることは言うまでもありません」

 昔は確認が取れれば瞬時に報道できるテレビ局、共同や時事といった通信社の独壇場だったが、近年は新聞も公式サイトでのネット速報で対応できるようになった。

 そのため不謹慎な言い方だが〝競争〟も激化しているようだ。それが背景にあるのかは不明だが、フジテレビのスクープは相当に「掟破り」だったと悪評が強いという。

「信じられませんが、フジテレビは関係者の確認を取っていないと言うんです。警察関係者の情報提供だったらしく、信頼性が高いと判断したとの話なんですが、その判断はどうなんでしょうか……」(同・テレビ局関係者)
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【写真】松野莉奈さん公式ブログより
http://www.lineblog.me/tag/%E6%9D%BE%E9%87%8E%E8%8E%89%E5%A5%88?blog_name=ebichu
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 別のテレビ関係者が、詳細を明かす。

「所属事務所に何度も連絡を取ったのに、全く繋がらなかったそうです。ただ、確かな情報だったので、報じることにしたと言います」

 所属事務所さえ出し抜いた大スクープ、とふざけるわけにもいくまい。少なくともネット上では死を悼む圧倒的な声の影に、所属事務所の対応が遅いとする見方も散見されたが……。

「事務所の責任はゼロと言っていいのではないでしょうか。それこそ、ご遺族は亡くなってすぐマスコミに大きく報道され、心を痛めているそうです。所属事務所にさえ詳細を伝えていない段階で、これほどニュースが広まってしまったことに困惑しておられるのは間違いありません」(同)

 先行報道の結果、事務所も混乱してしまったようだ。正確な情報が公表される前、ネット上では死因について「ウィルス性脳症」や自殺説など様々な憶測が垂れ流しになってしまった。

 別のテレビ関係者が、警鐘を鳴らす。

「ご遺族からすると、朝に119番通報を行ってから、たった6時間で娘の訃報が全国ニュースで報じられているわけです。しかも、自分のところに一切、確認の取材がなかった。これで困惑しない方がおかしいと思います。報道に携わる者であれば、誰もがスクープを狙って当然ですが、さすがに訃報は細心の注意を払わなければ、更なるマスコミ不信を招くだけだと思います」

 事務所の対応が遅れたとする指摘も、実際のところは亡くなってすぐに発表、という方がむしろ稀だ。遺族の意向により、密葬を済ませてからマスコミ対応、というケースも決して少なくない。それぐらい神経を使う方が、むしろ社会的通念には合致するのではないだろうか。

 もちろん、事件や事故など、何よりも速報が求められるニュースが存在することは論を俟たない。報道に必要な確認作業──俗に言う「裏取り」──もケースバイケースとしか言いようがなく、どんな内容のニュースであっても、必ず関係者に取材を申し込まなければならないというわけではない。警察情報だけで報じても、それが正解という状況もありうる。

 とはいえ、18歳の女性芸能人が死亡したことを、警察情報だけで速報していいのかということになると、様々な意見が出るのではないだろうか。

 少なくとも芸能人にとっては、訃報は最後の「舞台」とも考えられる。改めて故人を輝かせる報道が理想型であるはずだが、今回の場合は、単に遺族の感情を傷つけるだけという結果に終わったのではないだろうか。社会と「マスゴミ」の乖離が、又しても浮き彫りになってしまった格好だ。

(無料記事・了)

2017年2月8日

【無料記事】〝空中分解〟「JYJ」の「キム・ジェジュン」恍惚と不安

JYJ

 人気K-POPグループ・東方神起の元メンバーで、JYJのキム・ジェジュンが2016年12月30日で兵役を終了。初となる来日ソロツアー『2017 KIM JAE JOONG ASIA TOUR in JAPAN ‘The REBIRTH of J’』を2月7日から開始した。

 当然ながら公式サイトでも大きく紹介されている。動画でのファンメッセージも公開されるなど、意気込みが伝わってくる。

 横浜アリーナ、大阪城ホール、日本ガイシホールで開かれるコンサートは全て平日という強気の日程だ。社会人のファンには年度末という極めて多忙な時期であり、嬉しい悲鳴を上げているかもしれない。

 来日した2月3日の羽田空港には多くのファンがつめかけ、ジェジュンも笑顔を振りまいた。更に7日には、さいたまスーパーアリーナでの追加公演も発表された。こちらは土日の日程となっており、今のところは何もかも好調な出足と言えるだろう。

 ところがファンの間では、事務所のマネジメント戦略がジェジュンの芸能活動にマイナスとなり、足を引っ張るのではないかと不安の声が強まるばかりだという。ご存じの通り、東方神起時代から事務所とのトラブルは頻発してきた。ファン度外視の泥沼の争いに付き合う必要はないものの、ここで最小限の事実関係を振り返っておこう。
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【著者】江川優梨子
【写真】JYJ JAPAN OFFICIAL WEB SITEより
http://www.jyjjapan.jp/)
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 東方神起は03年、韓国の大手芸能事務所・SMエンターテインメント所属としてデビューを果たした。同社はSJ、少女時代、EXOなど、人気のアーティストを多く抱える。

 日本では05年から活動を開始。07年には日本武道館でライブを開催し、08年にはオリコンチャートで1位を獲得。NHKの『紅白歌合戦』への出場も果たし、トップアイドルとしての地位を固めていく。

 だが人気の高まりと比例するように、事務所との関係は悪化。現在のJYJメンバーであるキム・ジェジュン、パク・ユチョン、キム・ジュンスの3人は09年、SMエンターテインメントの契約を不当として提訴。裁判所も「違法性が認められる」との判決を下し、3人は事務所と袂を分かつことになる。

 10年9月に3人は、新設の芸能会社C-JeSエンターテインメントから、グループ名JYJで世界デビューすることを発表。これでファンも一安心かと思いきや、日本側窓口であるavexがJYJのマネジメント中止を通達。一難去ってまた一難。今度は日本での活動が危ぶまれる事態となってしまう。

 実際、11年に日本公演も日程に組まれた『ワールド・ツアー・コンサート2011』では、avexがマネジメント権を理由に日本での公演実施の撤回を要求。更にシージェス・エンターテインメントまでもがマネジメント業務の不履行を理由に、JYJの専属契約の解除を通知するなど泥沼化の様相を呈してしまう。2013年に和解が成立するまで、延々と法廷闘争が続いたのだ。

 一方でJYJは地道な活動を重ねてきた。韓国で3枚のアルバムを発表し、15年まで来日ツアーを4回開催。同年にリリースした初の日本語シングル『Wake Me Tonight』はオリコンのランキングで15万枚超の推定累積売上枚数を記録。変わらぬ人気を見せ付ける格好となった。

 人気、実力は折り紙つきであるにもかかわらず、マネジメントの問題から完全な表舞台には登場できない。ファンにとっては隔靴掻痒の状況が続くうち、またしても「グループ空中分解」という新しいトラブルが勃発してしまう。

 15年3月にはキム・ジェジュンが、そして8月にパク・ユチョンが兵役・補充役に就いた。にもかかわらず、キム・ジュンスは兵役を先送りし、1人で芸能活動を継続していたのだ。ジュンスの兵役が明らかになったのは昨年16年11月。今年17年2月から陸軍訓練所に入所し、警察広報団に服務することになった。 
 
 これは、かなりイレギュラーだと言える。ご存じの通り、韓国男性は19歳から29歳までの間に、軍役を果たす義務がある。そのため人気のK-POPグループはメンバーが兵役に就く時期をなるべく重ね合わせ、グループ活動の空白期間を最小限に抑えるのが一般的だからだ。

 ところがJYJは真逆の結果となった。一覧にしてみよう。

・キム・ジュンス  17年2月に入隊予定
・パク・ユチョン  17年8月に社会服務要員を除隊予定
・キム・ジュジュン 16年12月30日に除隊

 パク・ユチョンの社会服務要員とは、「補充役」とも呼ばれる。軍役に支障はないが、様々な事情から兵役の代替勤務に就くという制度だ。パク・ユチョンは喘息の持病があることなどから社会服務要員となったと言われており、現在は江南区役所に勤務している。

 キム・ジュンスの服務期間は1年9か月。このため、3人揃っての活動再開が可能になるのは、早くても18年11月となってしまった。これは最も年齢の若いジュンスが1日でも長いソロ活動を希望したことが原因とされるが、この時点で事務所の調整能力に疑問符が付く。

 しかも、更なるトラブルが勃発する。社会服務要員のパク・ユチョンが16年6月に性的暴行容疑で告訴され、最終的には計4人の女性から「トイレで性的暴行を受けた」と訴えられてしまったのだ。

 警察が捜査を開始すると、4件とも「嫌疑なし」の処分が下った。それでも事件の悪影響は決して小さくない。パク・ユチョンの芸能界復帰は先の見通しが立っていないという。

 つまりJYJの看板を背負って芸能活動できるのは今年17年2月以降、キム・ジェジュンただ1人となってしまうわけだ。

 となれば、キム・ジェジュンのソロ活動で収益を上げるしかない。とはいっても所属事務所の打ち出す方針にファンの反発が強まるばかりだという。理由は、あまりにもえげつない利益優先主義だからだ。

 例えば、キム・ジェジュンの退役を1か月後に控えた16年11月、「Welcome back JAEJOONG」というソウルへの〝観光ツアー〟が発表された。目玉は退役の翌日、12月31日大晦日の深夜零時から4時までの間、ファンミーティングを行うというものだ。

 確かに「復帰第一声」に立ち会えるのだから抜群の話題性だろう。だがファンが困惑したのも事実だ。「退役した当日、しかも深夜から酷使されるのは問題」「まずはファンより両親に会うべき」などの異論も沸きあがった。

 しかも、このツアー案内を掲載したのは日本語サイトだけとも判明。他にも有料の日本公式ファンクラブを開設する企画も明るみになり、「明らかに日本のファンを金づるにしようとしている」と悪評が拡散していく。

 一部のファンはツイッター上で、キム・ジェジュン本人に「#nocjes」のタグをつけて反対意見を送り続け、一種の炎上状態となる。この「nocjes」は「ノーC-JeSエンターテインメント」の意味だが、結局、これらの企画は全て中止に追い込まれた。

 キム・ジェジュン本人は芸能活動に飢えていたのか、除隊直後からSNSを毎日更新し、動画の配信も精力的だ。ブランクで日本語が拙くなっているとはいえ、サービス精神は相変わらずだ。日本語で日本のファンに呼びかけるなど、全く抜かりがない。

 だが、歳月の流れは残酷だ。31歳となり、率直に言って若い頃の姿とは別物となった。兵役中にタトゥーの数も増え、イメージの変化についていけないファンもいる。仕方のないことだが、兵役という「活動休止期間」のため、別のK-POPグループに乗り換えたファンも少なくない。

 日韓両国の関係も冷え切っており、雰囲気を一変させる話題にも乏しい。現在、日本のファンをどれだけ繋ぎとめているのか、最も不安視しているのはキム・ジェジュン本人ではないだろうか。

 企画を失敗させ、炎上を招いた事務所に対しては、「勇み足」と許すファンが一般的のようだ。とはいえ、東方神起・JYJの歴史から、事務所アレルギーは根強い。「また事務所が問題を起こしたのか!?」とファンは一気に不安を覚える。少なくとも今のところは優秀なマネジメントでサポートするというよりは、足を引っ張っているというのが現状だろう。

 退役がファンにとって、飛びきりの「慶賀」であることは論を俟たない。キム・ジェジュンの意欲・気力も充実している。とはいえJYJを1人看板で背負う「恍惚と不安」に直面している可能性はあるだろう。そんな中での日本ツアーというわけだ。更なる試練に直面したJYJの「試金石」としてファンだけでなく、芸能関係者の多くが注視している。

(無料記事・了)

2017年1月30日

【無料記事】『住友銀行秘史』著者の次回作は「楽天VS TBS」

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 出版界は「不況」というより、どこまで「縮小」が進むかが焦点のようにも思えるが、そんな状況で『住友銀行秘史』(講談社)が2016年10月に出版され、僅か3か月で13万部を売り上げたという。

「ベストセラー」と形容すべき部数ではない、とお考えの向きもあろうが、内容を斟酌して頂きたい。戦後最大の経済事件と評された「イトマン事件」(1991年)の裏側を、関係者の実名と共に赤裸裸に活写したノンフィクションだ。

 その筆者、國重敦史氏が次回作の執筆を開始したとの情報が入ってきた。仮タイトルは、これまた刺激的な『楽天秘史〜TBSとの攻防〜』だという。
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【写真】TBSホールディングス公式サイトより
http://www.tbsholdings.co.jp/index-j.html
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 2005年10月13日、楽天の三木谷浩史社長は突如、「TBSの株式を15.46%取得した」と発表した。

 電撃発表にメディアは沸き立つ。何しろ、この年の2月にライブドアとフジテレビがニッポン放送株を巡って大騒動を引き起こしたばかりだったのだ。

 ライブドア・フジと同じように、楽天とTBSも主導権を巡って激烈な攻防を演じる。その舞台裏を『住友銀行秘史』と同じように丸裸にしようというわけだ。

 改めて、経緯を振り返っておこう。05年3月、ニッポン放送株を大量に取得したライブドアは、親会社であるフジテレビに提携を迫る。ライブドアは「フジテレビ乗っ取り」の宣戦布告を行ったわけだ。

 フジテレビ側は反撃に出る。TOB(株式公開買い付け)に対抗する新株予約権発行やポイズンピル(毒薬条項)の検討など買収防衛策を講じ、法廷闘争に発展する。だが、そもそも株式の大量取得を想定していなかった点は如何ともし難く、裁判でフジテレビは敗訴に次ぐ敗訴を喫してしまう。

 追い詰められたフジテレビは仲介役たるホワイトナイトを探す。すると楽天が手を挙げた。「渡りに船」とフジは乗ってきた──はずだったのだが、ある日を境にフジは楽天への連絡をシャットダウンしてしまう。

 一体、何があったのか。「どういうことなんだ?」と困惑し、次第に焦りを強くする楽天首脳陣。三木谷浩史社長は何度もフジテレビの日枝久会長に連絡するが、全く返信は来ない。

 連絡が跡絶えてから4日後の3月24日。楽天首脳陣はテレビを見て驚愕する。フジテレビのホワイトナイトとしてテレビに映ったのはSBIホールディングスの北尾吉孝CEOだったからだ。北尾氏から語られる買収防衛策は楽天がフジテレビに提案したものばかり。

「やられた」──三木谷社長は「これに対しては、必ずリベンジする」と誓う。

 これが「楽天VS TBS」の〝原点〟だったという。

 國重惇史氏は、この日のことから、書き起こしていくという。夏になると、村上ファンドの総帥・村上世彰氏から「TBS乗っ取りを一緒にやらないか」と提案される。そして10月の株式大量取得につながっていく。

 楽天のTBS株大量取得発表後、TBSは城所賢一郎専務を担当に任命。一方、楽天の担当は当時副社長だった國重氏だ。

 それから1カ月半、両者は極秘に何度も折衝を重ね、合意一歩手前まで進む。最後は楽天の三木谷社長の決断だけ。しかし、首は縦に振られなかった。

 それは一体、なぜなのか。次回作の肝は、ここになる。
 
 05年11月末、両社の間には休戦協定が結ばれ一旦、この騒動は収束する。しかし、その後も株主総会、法廷闘争と続き11年4月の最高裁による特別抗告棄却で決着する、というのが現在に至る〝結末〟だ。

 とはいえ、「イトマン事件」は25年前の出来事。中心人物の旧住友銀行頭取の磯田一郎氏は死去していたことから訴訟沙汰にはならなかった。

 だが「楽天vsTBS攻防戦」は関わった人間たちのなかで現役の者も多い。なかでも三木谷氏は今もその地位にある。すんなりと出版できるのか。見ものでもある。

(無料記事・了)

2017年1月25日

【無料】松方弘樹「その人生と死」─『仁義なき戦い』から『元気の出るテレビ』まで

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「あんたは初めからわしらが担いどる神輿じゃないの。組がここまでなるのに、誰が血流しとるの。神輿が勝手に歩けるいうんなら歩いてみいや、のう!」(『仁義なき戦い』)

 それは、『仁義なき戦い』から始まった。

 10万人に1人といわれる難病「脳リンパ腫」闘病の末、先頃亡くなった映画俳優の松方弘樹。昭和のスクリーンを代表する名優として東映やくざ映画や時代劇を中心に長年に渡り大活躍、またバラエテイ番組や時代劇などでテレビでも人気者だった。高倉健、菅原文太ら往年の男性アクション・スターが年々亡くなっていく中で、またしても届いた大物人気俳優の訃報に、芸能界には激震が走っている。

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【筆者】鈴木義昭(映画ライター)
【写真】映画『沖縄やくざ戦争』(東映)DVDジャケットより
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 松方弘樹は、東映痛快娯楽時代劇の大スターだった近衛十四郎の長男で、十代から東映に所属した生粋の東映育ちである。

 少年時代は、野球選手か歌手を志していたという。孤児院育ちのサブを演じた『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』(60年)で主演デビュー。不敵さと甘いマスクで売り出した。

 後に全盛期の東映時代劇で新進チャンバラスターとして頭角を現すが、東映時代劇が衰退して高倉健や鶴田浩二のやくざ映画が隆盛を極めると出番を失い、大映京都に移籍し時代劇に主演するなど「スター街道」では、やや遠回りが多かった。

 恩師ともいえる中島貞夫監督と組んだ『893愚連隊』(66年)や深作欣二監督の松竹作品『恐喝こそわが人生』(68年)に主演し、若々しく個性的な演技派としての魅力が注目されるが、出演作品は激減していた。

 同じく東映時代劇往年の大スター市川右太衛門の長男・北大路欣也と比較されることが多いが、二枚目でボンボン育ちの北大路に対し、松方は若い頃から撮影所内を海パン姿でのし歩き、所長に「どうしてそんなに品がないんだ!」と怒鳴られる始末だった。

 そんな松方にスポットが当たったのは、東映実録路線のきっかけとなる『仁義なき戦い』(73年)だった。俗に「集団抗争劇」といわれる映画らしく、主人公の広能昌三(菅原文太)をめぐり、シリーズ五部作を通して多くのドラマが展開するが、第一作『仁義なき戦い』で広能の心情を大きく動かしていく山守組若衆頭・坂井鉄也を強烈な個性で演じて絶賛された。

「あんたは初めからわしらが担いどる神輿じゃないの。組がここまでなるのに、誰が血流しとるの。神輿が勝手にあるけるいうんなら歩いてみいや、のう!」

 土建屋時代から山守組を束ねて来た坂井(松方)だが、ヒロポン取引の件で揉めて親分の山守(金子信雄)に向かって啖呵を切る。怒りは頂点に達して、一時的とはいえ山守を引退に追い込む。だが、老獪な山守は坂井のスキを見て、広能に「(坂井を)殺れ!」と命令する。古い仲間を殺すことに、広能は激しく躊躇する。第一作のクライマックスともいえる名場面が、菅原文太と松方弘樹によって演じられた。

 第三作『頂上作戦』でも、結核を病んでいる義西会の藤田正一役で顔を見せるが、第五作『完結篇』では、やはり広能(菅原)を相手に重要な役回りを演じている。

 広能を慕う市岡組組長・市岡輝吉が、その役だ。獄中で「手記」を書いている広能に、呉からはるばる網走刑務所まで面会に来た市岡(松方)は、一人物騒なことをまくし立てる。取り合わない広能に業を煮やしたかのように、市岡は過激な行動に出る。

「攻撃は最大の防御で。のう、これから巻き返しじゃみとれい、わしが火ぃつけたるけん……」

 暴れん坊の極道は松方のハマリ役だが、ひとつにまとまろうとする極道社会からはみ出てしまった市岡は、やがて自滅する。

 それまでの撮影所のヒエラルキーを破壊して、いわばお祭り騒ぎのように作られ、キャスティングもされたのが『仁義なき戦い』『新仁義なき戦い』などの実録路線だ。渡瀬恒彦、川谷拓三、室田日出夫、志賀勝ら多くのニュースターが誕生した実録路線だったが、その先頭に立って存在感を示したのが、本来は「東映のプリンス」だった松方弘樹であった。

 以後、松方弘樹は『実録外伝・大阪電撃作戦』『沖縄やくざ戦争』(共に76年)、『北陸代理戦争』(77年)など、実録路線に凄みのある演技とキャラクターで輝かしい足跡を残した。

 実録路線で極め付きのアウトローを演じる一方で、74年には、子母沢寛の同名小説を原作にしたNHK大河ドラマ『勝海舟』に肋膜炎に倒れ降板した渡哲也の後を受けて、急きょ第10回から勝海舟役として主演した。NHKには、好評だった『人形佐七捕物帳』(65年)以来の出演だったが、大河ドラマの主演はお茶の間にも松方弘樹のファン層を幅広く拡大、人気を決定づけた。

 この時、共演したのが新人女優だった仁科亜希子(当時明子)で、既に元モデルの先妻との間に一男二女のあった松方だが、仁科と不倫関係となって後に先妻と協議離婚、仁科と結婚する。

 仁科と松方の不倫劇は、週刊誌やワイドショーで大きく報じられたが、仁科の父で歌舞伎界の名優・岩井半四郎が、フジテレビ系のワイドショー『3時のあなた』に出演し、「娘を返してくれ」と涙ながらに訴えたのは衝撃的だった。その後、仁科との間にも一男一女を育てるが、やがて破局が訪れる。

 松方の女性遍歴は、奔放の一語に尽きる。

 70年代に人気歌手だった千葉マリアとは長く愛人関係にあり、やはり一男があるのは広く知られるところ。

 他にも、東映ポルノ路線の女王的存在で『女番長』シリーズなどで知られる池玲子との仲や人気女性アイドルグループで『黄色いサクランボ』などのヒット曲で知られる「ゴールデンハーフ」のメンバー・ルナ(高村ルナ)との仲は、芸能マスコミなどを大いに賑わせた。

 女優となった高村ルナは、日活ロマンポルノに出演し、『ルナの告白・私に群がった男たち』(76年)では、松方らとの性遍歴を自伝的に描いたとされる作品にも主演した。

「女を何人知ってるかっていうと、八百人ちょっと欠けるかな。だって年に三百人なんて頃もあった。オレ、丈夫なのよ」と、週刊誌のインタビューに答えることもあった。そして、最後に看取った女性は、仁科との離婚後、事実婚の関係にあった30歳年下の元女優、山本万里子さんであった。

 石原裕次郎や勝新太郎といった、昭和の戦後日本映画史を代表するスターの遊びっぷりを見習うように、豪快な飲みっぷり遊びっぷりで有名だった。

 主演した映画やテレビの打ち上げでは、大勢のスタッフ・キャストを連れて、撮影所のある京都の祇園などを何軒もはしごするのが通例だった。「持っている奴が払えばいいんだよ」と、支払いは全て松方だった。作品を通じ多くのスポンサーとも交流があった。昭和芸能史に名を残した銀幕スターたちが皆そうであったように、豪放磊落そのものという生き様だった。

 亡くなってから会見に応じた、東映映画の盟友であり、釣り仲間でもあった梅宮辰夫が、「今の時代ならきっと潰されていた」と回想するほど、その遊びっぷりは世間一般の常識を超えるスーパースターぶりだった。

 還暦を過ぎて医者に忠告されてからは、酒を止めて、クラブ通いも卒業した。

 時代劇、やくざ映画とともに、松方弘樹の代名詞ともなっていたのが「釣り」で、世界33カ国で350本のカジキマグロを釣り上げるなど、釣り師としてはプロ並みの腕前だったといわれる。闘病に入る前の一昨年5月には、沖縄県石垣島の海域で361キロの巨大マグロを釣り上げ、話題となった。

 父親の近衛十四郎も、東映時代劇にリアルな殺陣と壮絶なアクションで一時代を築いた剣戟スターだった。松方弘樹も、時代劇スターとしては、日本のチャンバラ界を背負って立つ活躍を見せた。

 テレビ時代劇では、『大江戸捜査網』(79~84年)『名奉行遠山の金さん』(88~98年)、また多くのスペシャル時代劇作品などに数多く出演、お茶の間の最後の時代劇ビッグスターでもあった。映画でも、『真田幸村の謀略』(79年・中島貞夫監督)の真田幸村役など忘れられない名演が多数ある。

 強面だったイメージを破り笑い顔が印象に残るようになったのは、バラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ』のレギュラー出演からだ。斜陽の映画界を自ら救うべく、映画プロデュースに進出したこともある。

 難病と闘い、闘病の果てに亡くなったが、行年74歳は昨今の俳優としては早過ぎるとの声も多い。想えば、『仁義なき戦い』に出演した時、菅原文太が当時39歳(1933年生まれ)、松方弘樹は当時31歳(1942年生まれ)。映画俳優として、まさに大きな坂を上っていくのに相応しい年齢であったと言えようか。

 老いてなお、松方弘樹は若い日の活力を漲らせ、今なお再び三度の青春を生きる男を感じさせた。東映時代劇のプリンスだったが、活躍のその原点には、斜陽映画界を救った実録路線『仁義なき戦い』があったように思う。

 烈しさと逞しさを演じ続けた昭和のスターが、あの世へと走り続けて行ってしまった。

 昭和のスクリーンが、また遠くなった。

 鈴木氏は『仁義なき戦いの〝真実〟-美能幸三 遺した言葉』(サイゾー)を1/25刊行。映画『仁義なき戦い』シリーズの主人公・広能昌三のモデル美能幸三に密着、その「映画や菅原文太、金子信雄ら出演俳優への思い」「極道としての半生」を追った一冊だ。

http://amzn.asia/cIfosBD

(無料記事・了)

2017年1月16日

【無料記事】ベッキー「遠い完全復帰」でも「余裕綽綽」の理由

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 ミュージシャン・川谷絵音(28)とのいわゆる「ゲス不倫」は2016年1月7日に発売された『週刊文春』に掲載された。

 それから1年が経過し、川谷絵音は事務所を退所し、ベッキーは1月15日、フジテレビ系の北海道文化放送の新情報番組「北海道からはじ○TV」(日曜午後1時)の初回生放送で司会を務めた。

 この時点で2人の明暗を観点とした記事は、スポーツ新聞を中心として少なくなかったが、実は更にベッキー側には「隠し球」があるという。

 たとえ、かつてのようにテレビやCMで圧倒的に露出をなし遂げられなくとも、確実で安定した収入を得られる〝新金脈〟を発見したらしいのだ。
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【写真】ベッキー オフィシャルファンクラブアプリ『ベッキー♪パンジーひろば』宣伝サイトより
https://www.becky.ne.jp/upri.php
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 実際のところ、ベッキーを取り巻く状況は決して改善されていない。依然として厳しいままだ。「ゲス不倫」騒動の起きる前に、最も多くレギュラー起用していたのは日本テレビなのだが、記者会見で同社の編成局長は「検討もしていない」として、ベッキーのレギュラー復帰を完全否定している。スポーツ紙芸能デスクが解説する。

「実のところ、会見での完全否定とは裏腹に、日テレ内部では2016年の7月と10月に復帰について検討を行っています。特に10月の改変期直前には『世界の果てまでイッテQ!』への復帰が内定したんです。しかし上層部が世論を勘案して流したんです。とはいえ、このまま宙ぶらりんの状態が続けば、視聴者のモヤモヤ感が怒りに変わる危険性もあります。今年こそ復帰か降板かの決断を下さなければならないのですが、その判断も難しいようです」

 ところが関係者によると、ベッキー本人は「何か吹っ切れたように」(芸能関係者)元気なのだという。

 思い返せば、髪をばっさり短くして、新聞広告で全裸のバックショットを披露。ハロウィン前には自身のSNSで「魔女の宅急便」のコスプレ姿を公開したほか、先日も女性アーティストの武道館ライブに親友の上戸彩と訪れて周囲を驚かすなど、テレビ以外で何かと話題が増えている。

 こうした「地道」な活動は、当然ながら利益には全く直結しない。だが、先の関係者は「別の狙い」──つまり〝新金脈〟の発見を指摘する。

「とにかく目前の仕事を1つ1つ丁寧にこなし、視聴者のベッキーに対する違和感を減少させていく、というのが表の復帰シナリオだとすれば、裏のシナリオは最近、大幅リニューアルしたスマホの公式アプリの会員数を伸ばすことです」

 だが、インターネットこそ「水商売」だ。全国ネットのレギュラー番組に比べると、とても〝金脈〟とは呼べない気がするのだが、事実は真逆だという。

「大半のコンテンツは月額300円の有料会員にならないとアクセスできないにもかかわらず、既にダウンロード数は5000を超えています。つまり現時点で月に150万円、年間1800万円を生み出しているわけです。こちらの会員獲得に力を傾注し、月間1000万円の収入を目指すのが裏シナリオです」(同・関係者)

 月間1000万円を逆算すれば、ベッキーに科されたノルマは3万人の会員獲得となる。現在のファンクラブ会員数は約2000人。なかなか高いハードルだが、ここにも〝秘策〟があるのだという。

「同情票を集める手ですよ。テレビやCMに全く露出しなければ、さすがに会員獲得は無理でしょう。しかし、かつての売れっ子ぶりとは桁違いの出演にとどまっている今の状況こそが、うまくすれば稼ぎどきなのです。禊が終わったとの認知が広がれば、『川谷絵音に人生を狂わされた女』として同姓の共感を得られるチャンスが高まります」(同・関係者)

 ベッキーの動向が心配、というニッチな層を狙ったネットビジネスというわけだが、この〝ゲス商法〟の正否に、実は業界内の関心は高いという。成功すれば「新たなビジネスチャンスを切り開いたフロントランナー」としてベッキー再評価は決定的だというのだが、果して吉と出るか凶とでるか、2018年1月7日の「ゲス不倫2周年」も注目しなければならないようだ。

(無料記事・了)

2017年1月11日

【無料記事】ロマンポルノ「大スター」中川梨絵の「早すぎる死」

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 日活ロマンポルノが生誕45周年を迎え、『日活ロマンポルノ・リブート・プロジェクト』と銘打って新作が制作されるなど、話題を呼んでいる。

 1971年から88年までの17年間に1100本あまりの作品が製作された日活ロマンポルノは、今や日本映画史に伝説的なページを記す特異なジャンルのひとつともいわれる。

 今回のリブート・プロジェクトは、行定勲、塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫ら近年注目される若手監督たちに、ロマンポルノへ挑戦させる刺激的な試みで、次々に意欲的な作品が公開されている。

 だが2016年、初期日活ロマンポルノの大スターが亡くなったことは、あまり顧みられていない。偶然というには偶然過ぎるその復活と死の符号に、女優の足跡を想わずにはいられない。女優の名は、中川梨絵──。
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【筆者】鈴木義昭(映画ライター) 
【写真】DMM R18動画『恋人たちは濡れた』より
http://www.dmm.co.jp/digital/nikkatsu/-/detail/=/cid=141nkt052/
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 中川梨絵と聞いて、初期ロマンポルノの衝撃的な作品群を想い出すのは、今や初老の域に達しようとする男性ファンたちだろうか。

 何ものにも束縛されない芯の強い女、弱さのなかにしなやかでしたたかな女の性を感じさせる女、中川梨絵がロマンポルノで演じたのは、新しい時代の女の生き方だったのかもしれない。

 日活ロマンポルノ第1弾『団地妻・昼下りの情事』(71年公開)は、いわゆるピンク映画から抜擢された白川和子が主演した。

 白川和子の活躍は、映画の斜陽から倒産寸前の危機だった日活映画を救った。白川に続けと、若く脱ぐことを厭わない女優、撮影所では陽の当たらなかった女優、新しい映画の可能性に賭けた女優たちが、次々に眩しいばかりの裸体をスクリーンに花ひらかせたのが、日活ロマンポルノという映画ジャンルでもある。

『恋の狩人』(72年)など出演作品が警視庁に猥褻容疑で摘発され「警視庁のアイドル」といわれた田中真理。

 セーラー服姿が初々しい『女高生レポート・夕子の白い胸』(71年)などの清純派・片桐夕子。

 時代劇ポルノ『色暦大奥秘話』(同年)などで人気の出た小川節子。

 新劇から飛び込み『一条さゆり・濡れた欲情』(72年)などの演技で各界から賞賛された伊佐山ひろ子など、多くのロマンポルノ・スターが輩出された。

 中川梨絵も、そんな初期ロマンポルノのトップスターだが、誰よりも演技力と存在感が際立ち、注目された。東映や松竹の一般作品にも進出、その大きな可能性が期待された女優だった。

 中川梨絵の代表作のひとつ『恋人たちは濡れた』(72年)は先日、イタリアのロカルノ映画祭で上映。内外で作品の芸術性が再認識され、ロマンポルノ復活への道を開いた。

 ロマンポルノの巨匠・神代辰巳が監督した『恋人たちは濡れた』は、どことも知れぬ海辺の町を舞台に行き場を失った若者の姿を描き、シラケ時代といわれた70年代初頭の若者たちに共感を呼んだ。

 故郷であるはずの町に暮らしながら「この町は初めてだよ」とうそぶく青年は、いつもおどけながら映画館のフィルム運びをやっている。ある日、青年は自分と同じ心象を持つ中川梨絵演じるヒロインの洋子と出会う……。性と生が交錯する官能的な時間が切り取られた作品だった。
 
 寝た客が3人続けて死んだことから付いた呼び名は「死神おせん」。中川梨絵が演じたおせんは、地獄の底のような江戸の女郎屋で暗闇の中の一筋の光のように生きているヒロインで、清々しく可憐だった。

『㊙女郎責め地獄』(73年)は、日活ロマンポルノを代表する映像詩人だった田中登監督の代表作だが、巧みな構成力と重厚な美の世界の核心に、愛くるしい美しさで中川梨絵が立っていた。文芸的な香りの漂う人形振りの場面では、彼女が子役時代から習い覚えた日本舞踊が活かされた。

 日活ロマンポルノのデビュー作品、藤井克彦監督の『OL日記 牝猫の匂い』(72年)では、公開直後に作品が警視庁に猥褻容疑で摘発された。彼女は、警視庁からの事情聴取にも堂々と応じ、気丈ぶりを発揮している。

 出演作を観た他社からスカウトされ、東映やくざ映画『実録飛車角・狼どもの仁義』(74年)では菅原文太の相手役を、独立プロのATG映画『竜馬暗殺』(同年)では原田芳雄の相手役を務めている。ポルノ映画に留まらない活躍の可能性を見せ、同年には松竹『喜劇・女の泣きどころ』で太地喜和子と共演、陽気なストリッパー役を好演した。

 以後、大きな期待を背負いながらも徐々にスクリーンから遠ざかったのは、幼い時から女優を夢見て育った彼女の夢に相応しい役と作品に再び巡り合えなかったからだろう。

 東京の下町に生まれた彼女は、5歳の時に日本橋の白木屋ホールで日舞「藤娘」を踊って初舞台。子役として小学校在学中には、NHKの人気連続ドラマ『お笑い三人組』にレギュラー出演している。

 高校卒業と同時に東宝に入社、中川さかゆの芸名で巨匠・成瀬巳喜男監督『乱れ雲』(67年)の端役でデビューしている。加山雄三の『若大将』シリーズにも出演したが、東宝では女優として芽が出ることはなかった。裸になれる若手演技派を探していた日活のスタッフに声をかけられて日活撮影所入り、初出演から主演だった。

 ポルノの中心がアダルトビデオの登場で映画からビデオに移行、日活ロマンポルノは消滅したが、近年、ハード過ぎてマンネリ化したAVに飽き飽きした若い観客や映画的なエロスを体験したい女性ファンが急増している。

 全世界的に「ポルノ映画」の価値が見直されようとしているようだ。ポルノ映画に、女の本音や女の感性、女の生き方を見ようという女性ファンも少なくないのではないか。そんな女性たちに、中川梨絵が演じたロマンポルノのヒロインたちは共感を呼んでいる。

 男に媚びを売ったり、欲望の虜になる、といった、ありがちなヒロイン像とは違う中川梨絵という女優の演じ方、生き方が注目されている。

 かつて中川梨絵は、日活ロマンポルノを公開時から高く評価し応援していたディスク・ジョッキーの林美雄の深夜放送「パック・イン・ミュージック」(TBSラジオ系列)に出演し、生い立ちから赤裸々に語った。彼女には、ポルノ女優というよりも等身大の女性像の印象のほうが強い。多くのファンから親しく愛された所以だろう。

 ポルノ作品以外にも出演作品は多く、多くの監督に起用したいと思わせる個性と実力を兼ね備えていた。子役から演技に打ち込んだ根性で、人気が出ても演技の勉強をする姿勢を崩さなかった。自作『踊りましょうよ』などで、フォーライフレコードから歌手デビューも果たしている。

 体調不良もあってか女優としてスクリーンに姿を見かけなくなった頃、好きな自転車で知り合ったという男性と結婚した。料理人である夫と東京・四谷で地酒が評判の小料理店を開き繁盛させた。近年は高齢の母親を介護する為に店を移転、店を続けながら再び女優業にもチャレンジしたいという夢を語った。

 日活創立100周年を迎えた2012年に行われた日活ロマンポルノ再上映イベントで、公開当時の熱気や彼女の人気を知らない世代にもファンを広げ、近年、新しい可能性が見え始めていた。
 ロマンポルノ・リブート・プロジェクトでも、塩田明彦監督の『風に濡れた女』は、この中川梨絵が主演した『恋人たちは濡れた』へのオマージュとなっており、中川梨絵がリスペクトされていることの証左となっている。

 しかし、15年の暮れに肺癌が見つかり、余命半年と宣告された。最愛の御主人に看取られ旅立ったのは、16年6月14日。行年67歳。

 神代辰巳、田中登、曽根中生、藤田敏八、加藤彰、小原宏裕ら日活ロマンポルノ往年の名監督たちも早くして亡くなったが、早過ぎた初期ロマンポルノのスター・中川梨絵の死は、日活ロマンポルノが本当に日本映画史の伝説となったことを感じさせた。

 時代とともに様変わりしたロマンポルノの歴史だが、ゴダールやトリフォら60年代フランス映画のヌーベルバーグ、大島渚、篠田正浩らの松竹ヌーベルバーグ、それらに匹敵する「日活ヌーベルバーグ」ともいうべき映画ムーブメントが、初期の日活ロマンポルノだったのである。

 中川梨絵はその中心にいた女優だった。彼女が、日活ロマンポルノ復活の年に亡くなったというのは、やはりポルノにロマンを求めるという日活ロマンポルノの作品世界にあって、女優という存在の大きさを感じさせた。ロマンポルノ復活も、それに見合う女優の登場が待たれる。

 撮影所経験と時代的な女性としての感性の両方を持った女優、中川梨絵のような女優は、日本映画に2度と出て来ないのかもしれない。長く語り継がれて欲しい女優である。

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2016年12月19日

【無料記事】高樹沙耶被告に「懺悔ヌード」依頼殺到

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 沖縄県石垣島の自宅で大麻を所持したとして、逮捕・起訴された元女優の高樹沙耶被告(53)だが、芸能関係者の間では、早くも「懺悔ヌード」の可能性が取り沙汰されているという。
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【写真】高樹沙耶氏のTwitterより
https://twitter.com/ikuemiroku?lang=ja
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 厚労省麻薬取締部の調べに対し、高樹被告は所持から使用まで洗いざらい認めたというから、業界復帰はもはや不可能だろう。しかしながら、芸能筋によれば、「医療大麻」の解禁を主張した前回の参院選立候補も含めて完全な“汚れキャラ”となった元女優の美熟女には、「そちら方面の需要は十分に期待できる」というから驚く。

 1990年代にトレンディドラマで活躍し、2000年代にはテレビ朝日系の人気ドラマ『相棒』にレギュラー出演したことで、かつては一流女優の座を不動のものとしていた高樹被告。当時から業界内の派手な交遊から一線を画し、エコロジカルな生活様式に傾倒し、2007年には千葉県南房総市に移住したうえで、「ナチュラリスト」仲間に無償で建てさせたカフェをオープンした。

 高樹被告に近い大手芸能事務所幹部はこう明かすのだ。

 「高樹ほどではないにしろ、芸能人の中には『隠れナチュラリスト』は意外に多く、そうした連中は植物としてのパワーが絶大とされ、使い方次第とはいえさまざまな可能性を秘めるとされる大麻に関心を持ちやすい。実は、高樹自身は若いころから海外でマリファナ(=大麻)を経験しており、大麻解禁を訴える活動家から広告塔として接近されることは少なくなかった」

 ちなみに、房総のカフェで高樹被告は従業員もすべてボランティアで働かせるなど物議を醸した後、東日本大震災に伴う福島第1原発事故を機に突如、すべてを放棄した。高樹被告は即座に石垣島に移住し、『相棒』も自ら降板した。

 ただ、石垣島での奇妙な共同生活が話題を呼び、カメラの前でも「大麻」の二文字を口にする高樹被告は完全に“大麻女優”として定着してしまった。

 「高樹は常々『自然派生活は逆にカネがかかる』と漏らしていましたが、実際、石垣島生活ではカネが底をついており、執行猶予判決後にナチュラリストに戻ろうとしても、先立つものがなければ始まらない。そんな高樹の足元を見透かしたように、『脱がし屋』と呼ばれる編集者たちが、関係者への接触を試みています」(大手芸能事務所幹部)

 高樹被告はもともとデビュー当時には、躊躇なくヌードを披露してきた体当たり女優でもある。加えて「出産もせず、大麻を使ったアンチエイジング効果で若い肉体を維持してきた美熟女」(関係筋)だけに、その筋の“期待値”は最大限に高まっているのだとか。
(止)

2016年12月13日

【完全無料記事】元「ほっしゃん。」引退騒動の「動機」

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 元ほっしゃん。こと星田英利(45)の引退騒動がマスコミ関係者の中で様々な憶測を呼んでいる。

 6日、星田は自身のインスタグラムで「年内の引退を夏からずっと会社と相談してて、そうしようかなと思います」と突如引退を示唆する内容を投稿。夕方、その投稿は消去され夜には新たに「いろいろ考えましたが、続けさせてもらおうと思います。」と引退を撤回する内容を投稿したのだ。この一連の騒動はなんだったのか。マスコミ各社はこの騒動に食いついた。

 所属事務所の吉本興業はその日、「事実確認中」というコメントを残しているが、実は吉本興業の対応には不可解な点があったという。テレビ局の番組スタッフが明かす。
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【写真】星田英利公式Twitterより
(https://twitter.com/hosshyan?lang=ja)
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「普段は吉本がネタについて”放送してくれるな”というのは、桂文枝など大御所に限るとも言っていいほど珍しいことです。しかし、今回の星田の件は本人の写真は使用禁止、放送できるのは翌日のスポーツ紙を引用した放送に限ると言われました。星田レベルで制限がかかるとは聞いたことがない……」

 詳しく聞くと、その日の吉本は事務所内でも大混乱。詳細を知る人がいない上に本人とも連絡が取れず、言葉通り「事実確認中」だったのだと言う。

 星田といえば、2012年に女優の尾野真千子との不倫が『FRIDAY』(講談社)で報じられると、その後激痩せが話題となり、2014年には「ほっしゃん。」から現在の芸名に改名している。

 そして今回の引退騒動。一部では、バラエティ番組の出演が減り、俳優の仕事ばかりになったことや、家族が住む沖縄での生活を望んでいるなどと報じられているが、マスコミ関係者の間では他にも様々な憶測が飛んでいる。

「星田は業界でも精神的に強くないことは有名です。なにか精神的な疾患があるのではないでしょうか」(テレビ局関係者)

「改名の件や、今回の事務所の対応から見ると、やましい宗教や洗脳の可能性もある。それは隠さないといけないですよね」(芸能デスク)

 FUJIWARA藤本敏史(45)は7日、ネット番組で「(星田の元相方)宮川大輔(44)から、ほっしゃん。をどうにかしたいけど、どうしようっていうメールが来たんです」と明かした。宮川の言葉の真意はなんなのか。星田の今後の動向はマスコミにとって格好のネタになりそうだ。

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2016年12月12日

浅田舞に「連盟激怒」で「出入り禁止」の驚愕情報

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 フィギュアスケートの浅田真央(26)の姉で、自身も元選手でタレントの浅田舞(28)が、競技大会などに「出禁」=出入り禁止になるという驚愕情報が飛び込んできた。

 フィギュアの実力では妹に遠く及ばなかったものの、抜群のスタイルと美貌でスポーツキャスター、タレント、グラビアと幅広く活動する舞に一体何があったのか――。
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【記事の文字数】1100字
【写真】浅田舞公式サイトより
(http://mai-asada.jp/)
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2016年12月5日

ASKA再逮捕「大興奮」の「マスゴミ」と「冤罪」の噂

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 11月28日、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、歌手のASKA(本名・宮崎重明)容疑者が逮捕されたという衝撃ニュースが飛び込んだ。ASKA容疑者は容疑を完全に否定しているというが、執行猶予中に起きた再犯疑惑のインパクトは比類がなかった。

 しかし今回の逮捕劇はASKA容疑者の行状だけでなく、報道倫理の側面でも注目を集めている。まずは時系列で「マスゴミ」が繰り広げた大騒動を振り返りたい。

午後2時ごろ、当時は「元被告」だったASKA容疑者に対し、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕状が請求されるというニュースが舞い込み、マスコミはASKA容疑者の自宅前に集結した。

 それから約5時間後の午後7時前、自宅車庫のシャッターが開き、車に乗ったASKA容疑者が姿を表す。マスコミは車に向かって突進。警察が制止に入るも間に合わず、現場は恐ろしくカオスな状況となる。

 ASKA容疑者は車のドアを開けて抗議するも、出庫は断念。車体前方のエンブレムは折れ、シャッターもボコボコに壊されていく様子がテレビで生中継され、視聴者に強烈な印象を与えたに違いない。

 タイミングよくというか何というか、この一連の大騒動が収まったところで、民放は7時からのバラエティー番組に切り替えた。ところが、この後の様子を「インターネットテレビ局」を謳う『AbemaTV』が完全生中継を行う。午後8時半頃、捜査員がASKA容疑者を任意同行すると、AbemaTVが自宅から桜田門の警視庁に入るまでをオートバイで追跡したのである。

 更に逮捕翌日には、ASKA容疑者を乗せたタクシー車内の映像が、複数の情報番組で放送される。これにはTwitterなどで「プライバシー権の侵害だ」という意見が続出。テレビでも松本人志や宇野常寛が問題点を指摘した。また新聞も特集ページが組まれるなど、今回の報道には「倫理性」にも注目が集まったのだ。

 逮捕翌日、筆者は別件の取材で、さる現場を訪れたのだが、記者たちはAbemaTVの話題で持ちきりだった。

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【著者】玄場岸也(ジャーナリスト)
【購読記事の文字数】2600字
【写真】ASKA容疑者の自宅前で繰り広げられた大騒ぎ(撮影 産経新聞社)
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