【無料記事】記者会見でPC叩く「ぱちぱち記者」の愚 | イエロージャーナル

 東京・大阪証券取引所が経営統合を行い、2013年に発足した日本取引所グループ(JPX=東京都中央区日本橋兜町)は毎月、清田瞭・グループCEOの記者会見を開く。出席者は東京株式市場を担当する記者クラブの記者たちだ。

 例えば2月の定例会見は27日に行われた。清田CEOが当月の取締役会の決定事項を伝え、そのあと各記者による質疑応答。話題の中心は当然、東芝問題だったという。だが、Q&Aの内容よりも、JPXの関係者には気になることがあった。

 それは記者会見の間、ひたすらパソコンを「ぱちぱち」打つ記者たちの存在だ。「ぱちぱち君」と呼ばれることもある。

 会見に出席しながら質問もせず、話し手の顔や動作も見ず、ただパソコンの画面を睨みながらキーボードを打つ。文字通りのマシーンだ。とはいえ、「ぱちぱち君」の姿は意外に多い。10人近くいるときもある。

 質疑応答が白熱しても、「ぱちぱち」という音は聞こえ耳触りこのうえないが、彼らの手は止まらない。その異様な光景を「どうにかしたい」とJPX関係者は考えた。そして、ある日、朝日、読売、日経、共同のキャップたちに聞いて回ったのだという。

■―――――――――――――――――――― 【写真】ぱちぱち君が叩くPCのキーボード

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「ぱちぱち君、どうにかなりませんか?」

 各社とも「何とかしたいですねぇ」と苦笑。だが、しばらくすると、そのうちの1人が「でも……」と呟いた。

「私は、あんなのいらないと思っています。でも本社のデスクが記者会見の会見録を欲しがるんですよ。それもすぐに」

 別の社のキャップも同意する。

「我が社なんか編集委員も会見録を欲しがりますよ。『早くメールで送れ』と催促してくるぐらいです」

 結局、4社のキャップは全員、同じ意見だった。「だから私たちの一存で止めさせることができないのです」──JPX側は、ため息をつくばかりだったという。

 それにしても、会見にパソコンを持ち込み、質問を一切行わず、ひらすら質疑応答を入力する記者が出現したのは、いつの頃だっただろうか。

 さる記者も疑問に感じ、周囲に訊いてみたという。「東日本大震災の頃から目立ってきたかなあ」との回答が多かったという。

 震災以前はICレコーダーを会見者の前に置き、記者は椅子に座って会見の内容をノートにメモ。そして時には会見者の身振り手振りを見て質問を発していた。レコーダーに録音した内容は、会見が終了するとメモにおこし、自らが保存した。

 ところが東日本大震災が発生すると、政治部デスクが記者会見の会見録を欲しがるようになった。更にメール回覧が普及。勢いづいて社会部、経済部と広がり、今ではほぼ全ての会見で「ぱちぱち君」が出没するようになった。

 メディアの最重要事項は、事件や事故といった「突発的ニュース」を報道することにある。当り前のことだ。だからこそ現場には、全世界のどこにであっても、必ず記者が派遣される。

 現場記者は事件や事故を最も知る記者だ。情報が集約する「本社デスク」が逆立ちしても敵わない。某人気刑事ドラマの映画版では「事件は会議室で起きているんじゃない! 現場で起きているんだ!」の台詞が話題になったが、全く同じなのだ。

 現場記者が取材し、デスクに報告・相談して記事化していく。デスクは現場記者に全幅の信頼を置く。それが普通だろう。

 だが、現場の会見録がメールで早急に送られるようになり、記者とデスクの関係に変化が生じてきた、という意見の記者は少なくない。デスクが「まるで現場にいるかのように」指示を出してくるようになったのだ。

 細かい話をすれば、特に新聞社は「新人の現場記者」→「現場をまとめる中堅のキャップ」→「本社や支局にいるデスク」という報告経路を通じ、記事化が行われていく。

 ところが「ぱちぱち君」のメールを見たデスクは、キャップの頭越しに現場記者へ指示を出すようにもなっていく。一見すると合理的に見えるが、「キャップが成長する機会」を奪っているという問題がある。

 更に「ぱちぱち君のメール」を心待ちにする上層部もいる。編集委員や解説委員だ。なぜなら、日ごろ付き合っている政治家や経営者にまるでそこにいるように話ができるからだ。「東芝ではこうだった」、「首相はこういった」……などなど。

 あるキャップは、皮肉たっぷりに付け加える。

「ぱちぱち君の彼らも喜んでいるんですよ。『デスクに喜ばれる』とね」

 会見者の真意を読み取り、読者に代わって質問し、回答を聞き切り返す。そんな記者の基本動作である取材を行わず、速記マシーンに徹することに喜びを感じる記者が少なくないのだ。大抵の「ぱちぱち君」は「支局上がりの3~4年目が多い」という。それは今から本社で油が乗る年代のはずなのに、「上司に気に入られることが喜び」とは、サラリーマン・ジャーナリズムが基本の日本らしい話である。

 記者に限らず、新人を育てるのは畑で作物を育てるのと同じだ。必要なときに水や肥料を与え、ときには添え木する。誰がやっても大変の一言に尽きる。しかし今、各社のデスクは現場の会見録を見る喜びを優先させ、記者を育てることを止めた。かくて「ぱちぱち君」は今日も会見場を跋扈し、メディアは「マスゴミ」と馬鹿にされ、どんどん読者が離れていく。

(無料記事・了)