【無料記事】タイの日本人社会で拡がる麻薬渦──〝伝統〟の「ワイロ」は効力がダウン

 昨年10月、タイ警察は、茨城県出身という板倉大容疑者(34)ら、日本人の男4人を逮捕したと発表した。 
 警察によると、板倉容疑者らは23日午前、バンコク郊外のレストランで覚醒剤約2.3キロと拳銃1丁を違法所持していた容疑があるという。
 捜査は、板倉容疑者が麻薬密売に関わっていると日本側が情報提供を行ったことから始まった。おとり捜査をタイ警察が実行し、覚醒剤の購入を持ちかけたところ、待ち合わせ場所が「タイスキ」レストランのチェーン店「MK」に決定。ここに覚醒剤を持って現れた板倉容疑者が逮捕された。
 ちなみに、この「MK」は日本人駐在員や観光客にも人気のチェーン店。タイの有名百貨店には、必ずといっていいほど出店しているという。それだけでなく日本国内でも「Hotto Motto」や「やよい軒」などのフランチャイズを運営する株式会社プレナス(福岡市博多区)によって〝日本上陸〟を果たしている。福岡県内の10数店舗を筆頭として九州圏内に集中しているが、東京の新宿三丁目にも店舗を構えている。
 タイ警察は板倉容疑者が日本の暴力団と関係があると見ており、インターネット上では「板倉容疑者の腕に入れ墨が確認できる写真」も出回っている。タイの刑法では、覚醒剤の不法所持や密売の最高刑は死刑と定められている。
 また、今回の事件で特筆すべきは、板倉容疑者と共に逮捕された日本人男性の3人に、贈賄の容疑がかけられていることだ。調べでは、3人の男は警察に対して板倉容疑者の釈放を求め、見返りの賄賂として100万バーツ(約340万円)を所持していたのだという。
 海外では賄賂が有効だと言われるが、タイはどうなっているのだろうか。バンコクを拠点に活動するジャーナリストが解説する。
「昔なら、ちょっとした小金を払えば、逮捕を見逃してくれることもありました。しかし今となっては、経済発展と共に遵法意識や民度が上がり、そう簡単には賄賂が通用しなくなっています。特に今のタイは清廉をモットーとするプラユット首相の軍事政権です。警察も軍の顔色を伺い、これまでにないほど賄賂を受け取ろうとしません。金を積み立てるより、コネの方が効きますよ」
 タイは日本以上のコネ社会と言われる。軍の高官や政治家とつながりを持っていれば、様々な特権や利権にありつけるのだ。そんな連中からすれば、一般的な日本人が差しだす賄賂など、文字通りのはした金だということには注意を要する。
 タイに住む日本人の中には、未だに「逮捕されても、賄賂を払えば逃げられる」と安易に考え、マリファナや覚醒剤に手を出す者もいる。だが、それは大きな誤解だ。実際のところは毎年、何人もの日本人が逮捕されており、裁判で実刑判決が下り、日本へ強制送還されるケースが多い。
 また、タイでのドラッグ事情といえば、バックパッカーが北部の山間部や、南部のビーチリゾートでマリファナに手を出すというイメージが強固かもしれない。だが、最近は工業団地の駐在員にも麻薬渦が拡がっている。普通の会社員が手を出しているのだ。
 大手メーカーのサプライヤーとしてタイで長く操業する、さる企業の男性駐在員も、そんな1人だ。バンコクの繁華街で夜間にたびたび実施される検問で、「ヤーバー」と呼ばれる覚醒剤が発見。即時押収、逮捕となった。前出のジャーナリストが言う。
「逮捕された現場で、下っ端警官のリーダー格に対して、袖の下を交渉すれば何とかなったかもしれません。しかしながら、賄賂が通用する可能性があるのは現場止まりです。署に連行されれば、確実に立件されてしまいます」
 男性駐在員はタイ語がほとんどできなかった。そのため、警察署の留置場に直行となり、そのままぶち込まれた。会社に警察から連絡が入ると、上司と弁護士が駆けつけた。もちろん駐在員のことなど何も心配していない。彼らが守りたかったのは駐在員ではなく、会社の〝名誉〟だったのだ。
「通常タイ警察は、外国人が逮捕されると、入国管理を司るイミグレーションポリス経由で、その国の大使館に連絡します。もし日本大使館が日本人の逮捕を把握すると、それは必然的に日本のメディアが嗅ぎつけることを意味します。だからこそ、この日本企業は何としても大使館が把握しないように、つまり日本のマスコミに知られないよう躍起となったんです」
 この日本企業はタイ警察に対し、賄賂を払ったかといえば、もちろんそんなことはしなかった。企業は警察に対して、自社が長年にわたって雇用と経済に貢献していること、多額の納税を行っていることなどを力説したのだが、それだけではインパクトが弱かったかもしれない。
 日本企業はぬかりなく、タイ警察にタイ人有力者の「添書付きの上申書」を提出していたのだ。その結果、警察からイミグレーションポリスへの通告は行われず、通常の裁判のみという〝温情措置〟が下された。つまり、駐在員の逮捕を日本メディアが把握することはなく、もみ消しに成功したのだ。タイの日本人社会では、一部の取引先などが駐在員の逮捕を把握しただけだったという。
 裁判でも、執行猶予付きの判決を勝ち取った。男性駐在員は即時に国外退去となり、当然ながら会社は解雇となった。それでも最高刑の「死刑」に比べれば、文字通り天と地ほどの違いだろう。
 在住日本人は7万人とも10万人ともいわれるタイでは時々、このような事件が起きる。根も葉もない「タイは麻薬に甘い国」などというデマを信じていると、人生を棒に振る羽目に陥るだろう。