無料連載『不惑のインターネット・関係者インタビュー』①西村博之氏・最終回

2017-08-24 11.21.30

 西村博之氏を迎え、花田庚彦、本堂まさや両氏がインタビューを行う「ネット・ブラック鼎談」の最終回は、西村氏の「本質」解明に花田・本堂両氏が挑む。

◇第11回記事(リンク)
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000523/
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【写真】『無敵の思考 ――誰でもトクする人になれるコスパ最強のルール21』(大和書房)カバー写真
http://www.daiwashobo.co.jp/book/b286965.html
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花田庚彦氏(以下、花田) そろそろ、まとめに入りましょうか。

編集部(以下、編) 西村さんはPCやネットが大好きで、大好きで、というタイプではなかったわけですよね。

西村博之氏(以下、西村) まあ多分、そうですね。

編 それがどうして、今のお仕事のような世界が視野に入ってこられたのですか?

西村 便利だからというのが1つです。それともう1つは、さすがに今は無理だと思うのですが、僕が手を出した当時というのはまだ企業が本気で大金を突っ込んでサイトを作る時代ではなかったので、個人が太刀打ちできる状況だったんですね。

 現在は個人サイトが話題を集めるというような話は、アプリならまだありますけど、ネットではほとんど聞きません。ですから僕が入った頃は、まだまだ広大なフロンティアが存在していた、かなり楽な時代だったと思います。

編 個人的な話で恐縮ですが、私は1996年に初めてインターネットにアクセスしたんですが、確かに個人サイトばかりでしたね。そもそもYahoo!で検索すると、結果がフォルダで表記されていました。

西村 サーファーと呼ばれる人たちが、人力で検索結果を整理していた頃ですね。

編 そうです、人力がYahoo!の売りでした。

本堂まさや氏(以下、本堂) ディレクトリ型ですか。

編 僕は「どこが楽しいんだろう」と全く理解できなかったんです。あの頃に可能性を見出されたというのは、やはり只者ではないという印象を受けるのですが。

西村 僕が2ちゃんねるを作った時はアメリカにいました。海外でも日本の情報が手に入る場所というのは便利だろうなという考えがあったんです。

 また電話を筆頭に、1対1で人がコミュニケーションを行うメディアはたくさんありましたが、n対nで大勢の人が話をするメディアというのはインターネット以外に存在しなかったんですね。

 昔なら雑誌の読者欄が、それに最も近いものの1つだと思いますが、あれは編集側がピックアップしたものだけが掲載されていたわけです。何もかもがオープンに書けて読めるというものはネットしかできないし、それは面白いはずだと思ってやってみると、実際に面白い。面白いと思って続けていたら、それなりに回るようになって、次第に会社としても大きくなっていったという感じですね。

編 Niftyの会議室とは異なるのですか?

西村 そういう意味では、パソコン通信の延長線ですね。

編 パソコン通信は、やっておられたのですか?

西村 やっていました。ですから割と、そうした文化に、すんなりと入っていけたのかもしれないですね。

編 自分にとって面白いもの、というのが基本だったということですか?

西村 いえ、違います。「自分にとって面白いもの」ではないですね。

編 となると、どう表現して下さいますか?

西村 編み物の掲示板は、僕にとっては何の興味もありません。でも、2ちゃんねるには、そういう掲示板があります。人が話す場所をつくったら、それでどういう話をするのだろうというような、人がどう動くのかを見たいという観察したいほうが先で、それが僕個人にとって役に立つかどうかというのはそんなに重要視していなかったのです。

編 2000年に東北地方で、相当な高齢者の方が、2ちゃんねるを使って保険の情報を熱心に見ていたんですね。あれには感動しました。

西村 地方の方が、情報が欲しいとネットしかないという状況が、早く訪れました。アメリカも似たようなものです。

花田 じゃあ本当に、まとめの質問をしよう。結局、2ちゃんねるで最高、どれくらい儲けたの?(笑)

西村 最高ですか?(笑)

花田 最高月収にしようか。

西村 月収でカウントしたことはないですね。でも、一番儲かっていたのは、『電車男』が売れていた時で間違いないと思います。

花田 最盛期のアクセス数って、どれぐらいあったの?

西村 アクセス数は、すぐにカウントしなくなったんですよ。

花田 面倒なの?

西村 一応、出そうと思えば出せるんですけど、あまり出すことに意味を感じないんですよね。

本堂 ひろゆきの面白さは、数えきれないほど取材を受けているはずなのに、将来のビジョンといった「決め台詞」を持っていないところです。飄飄とした、という言葉は、ひろゆきのためにあるものでしょう。

西村 そんなに皆さん、決め台詞を用意しているんですか?(笑)

本堂 僕はないですけどね(笑)

西村 決め台詞がある人の方が少ないですよ。

本堂 でも、「将来のビジョン」といったことは必ず訊かれるはずですよね。それに答えを用意していないわけでしょ?(笑)

花田 政治家になる気が絶対にないじゃない。

西村 ないですね。

編 そこが堀江貴文さんとの最大の違いという説は根強いものがあります。

西村 堀江さんは本当に社会をよくしようと考えて出馬したんですから、偉いですよ。

花田 ひろゆきは思っていないの?

西村 無理でしょう(笑)

編 でも以前、かなり辛辣なことを仰っておられましたよね。「堀江さんは、お金が入ってこないと自己承認されない人なのでしょう」と指摘しています。

西村 経営者というのは大体、そういうものではないでしょうか。会社を大きくして、上場させて、それで自己承認をなし遂げる。

編 西村さんは、そういう自己承認を必要としていないですよね?

西村 そういう意味で、僕は経営者ではないですね。

本堂 経営者ではなく、管理人だと?

花田 なるほど。

編 それ、まとめに使わせてもらえると助かります(笑)

西村 いや、管理人でもないです。何でしょうね。例えば孫正義さんや三木谷浩史さんというのは、やはりちょっと、どこか壊れていると思うんです。

 自分が使うお金のために働いているわけではないですよね。あのライバルに勝ちたい、会社を大きくしたいという方に力点を置いているわけですけど、それは結局のところ抽象的な、実態のない目標という気がするんです。僕は、もっと寝たいとか、ゲームをやりたい、という方に力点を置きます。

編 楽をするために、どうやって収入を得るかが大事と、先ほどから仰っています。

西村 ゲームと仕事は、僕の中でランクは一緒です。仕事もゲームもパズル。だからやるという感じですね。

編 ワーカホリックですか?

西村 ゲームと仕事がごっちゃですからね。仕事が面白いと思うと、結果として長い時間を投下するので、ワーカホリックに見られる場合もあります。

編 逆に、「この人はいつ働いているんだろう?」と不思議がられる時間帯もあるということですね?

西村 まあ、大体そうですね(笑)

編 ゲームから仕事へのモードが変わるのは、どういう時なんですか? 降ってくるんですか、それとも探すんですか?

西村 探している時もありますし、続けていると面白くなる時もあります。

編 最近、ワーカホリックモードになられたことはありますか?

西村 4chanを引き継いだときは、割と面白いと思っていました。やはり外国人のほうが狂っていますからね。日本人というのはある程度モラルのラインがあるのですけれども、もう英語圏の人たちは全然ないので面白いなと思いました。

花田 これで、ひろゆきが、いい人に仕立て上げられるかな?(笑) 適当な人間というのを全面に出した方が面白いけどね。

西村 別に、いい人ではないと思いますよ(笑)

花田 じゃあ、平成の植木等ということにしておこう。

西村 まさか(笑)

編 それこそ、ご自身を形容する表現などは、お持ちなんですか?

花田 だから平成の植木等だって(笑)

西村 自分に優しい、ですかね。

編 他人には?

西村 時と場合によります。

編 厳しい時もある?

西村 どうでしょうか。ただ、自分ができないのが分かっていますから、他人に強要はできません。だから僕は人を怒れないんです。遅刻する人を怒れませんよね。僕が遅刻するんですから。

編 怒れないという性格は、どれぐらいまで遡れるんですか?

西村 昔から、人の失敗や欠点を指摘することはできました。ただ、怒るというのは……。あまり僕は人に怒ってこなかったですね。

編 「それは問題だ」とは言えるが、「問題じゃないか!」と怒りは爆発させられないということですね。

西村 怒鳴りたいという状況にはなりません。

花田 じゃあ、最近怒ったことは何?

西村 さっきから考えていますけど、思い付かないですね。

編 奥さまにも?

西村 ないです。怒られることはいっぱいありますけど(笑) 他人を怒って物事がうまくいったという経験が、多分人生でないんでしょうね。

編 怒られたことはありますか?

西村 それは小さい時から、いっぱいあります。

編 ご自身も怒られて、物事はうまくかなかったですか?

西村 そうですね。遅刻を怒られて遅刻癖が治ったらよかったですが、やはり変わっていないですからね。本堂さんは怒ります?

本堂 私も怒ることはないですね。怒って物事がうまくいかないということではなく、単純に怒るタイプではないという感じです。もしくは、周りが私に気を使ってくれているのかもしれません。

花田 後者です(笑)

西村 何をされるか分からないから(笑)

本堂 ひろゆきと一緒で、僕も嫁にはすごく怒られます(笑)

編 最後に1つだけ、お願いします。ゼロ年代の象徴という感じで取り上げられることが少なくないですが、どのようなお考えをお持ちですか?

西村 ゼロ年代の象徴という取り上げられ方をされましたか? 76世代ということで名前が挙げられたことはあると思いますけど。

編 76世代でも大丈夫なのですが、そう言われても好きも嫌いもなく、特等席から眺めている感じですか?

西村 76年生れでネットをやっている人間、ということで僕がピックアップされただけですからね。それに特別な意味はないと思っています。

編 事実は事実だが、その他には何の意味もない、という感じですか?

西村 76世代は全員が性欲強いとか言われたら反論しますけど、76年生れですが、それで何かありますか、ということですね。

編 世代論の象徴的人物として名前が挙げられたことはあると思うのですが。

西村 氷河期世代としてくくられている部分はあるなと思います。社会に対して、それほど期待をしていないんですよ。バブル世代の人は全てにおいてとてもやる気があるじゃないですか。

編 確かに西村さんの頃は、最も酷い氷河期でしたね。

西村 僕らより年下になると、ネットはビジネスをする場です、というようにビジネスに重きを置きます。でも僕はビジネスをするためにやっていたわけではなく、面白いからやっていただけという派閥ですから、そういう意味では、ある種の世代の象徴として取り上げられるかもしれないとは思います。

編 本当に、ありがとうございました。

西村 ありがとうございました。

(了)