【無料記事】元週刊誌記者が体験した「世田谷一家殺人事件」被害者父親の「未着手情報」

setagaya

 2000年12月、東京都世田谷区上祖師谷3丁目で、会社員の宮沢みきおさん(44=年齢はいずれも当時)、妻の泰子さん(41)、長女にいなちゃん(8)、長男礼ちゃん(6)が殺害された世田谷一家殺人事件は、12月30日で発生から15年を迎える。
 残念ながら、現在のところは事件解決をほんの僅かでも予感させるような動きは、少なくともメディアでは全く報じられていない。
 そもそも一家4人を惨殺するだけでも充分に特異な事件だ。だが、それだけではなく犯人は殺害後、宮沢家の冷蔵庫からペットボトルの麦茶、メロン、そして少なくとも4個のアイスクリームを取り出し、飲んで食べている。
 更に1階の書斎にあった宮沢家のパソコンも操作した。被害者の胃の内容物などから、殺害推定時刻は30日午後11時半ごろとされている。そしてインターネットの閲覧記録は31日午前1時18分ごろと、午前10時5分の2つが残っていた。
 当初は午前10時の接続も犯人によるものだとされていた。だが後にマウスが落下してボタンがクリックされれば、ネットに自動接続されることが判明。現在は誤作動説が有力視されているという。
 だが残る31日午前1時18分の接続は、犯人の操作を否定する証拠は明らかになっていない。被害者が「お気に入り」に登録していた劇団四季のチケットを、犯人が予約しようとして失敗した形跡が残っている。
 ここで捜査本部が提供した情報をまとめてみよう。

【被害者家族のプロフィール】
・宮沢みきおさん 
 外資系企業の会社員。大手企業のCI(コーポレートアイデンティティー=企業デザイン)などの開発を担当
 趣味はアニメ。学生時代は人形劇や演劇の活動を行っていた
・宮沢泰子さん
 仕事は自宅で学習塾を運営
・宮沢にいなちゃん
 小学校2年生。バレエ教室やピアノ教室に通っていた
・宮沢礼ちゃん
 区立保育園の年長組に在籍

【犯人像】
・身長170センチ前後
・足跡は日本の場合なら27.5センチ
・利き腕右手
・男性
・血液型A型
・犯行時は手にケガ

【主な現場の遺留物】
・関東地方なら(株)マルフル、(株)ユニーク、(株)大三ブラックが販売したクラッシャーハット
・ユニクロの「エアテックジャケット」ジャンパー
・(株)ジーンズメイトや(株)マルフルなどで販売されていた、エドウィン社製「ボア付きグローブ」手袋
・スラセンジャーの靴。韓国製
・「関孫六 銀寿」の柳刃包丁
・香水「ドラッカーノワール」
・(株)マルフル(店舗名がM/Xの場合も)が14都道府県の41店舗で130枚を販売したトレーナー「ラグランシャツ」。都内では「M/X聖蹟桜ヶ丘店」「M/X八王子京王SC店」「マルフル荻窪店」「マルフル青戸店」で合計10着しか販売されていない

【事件後に置かれた地蔵】
 事件から100日後の2001年4月9日、東南アジア産出の花崗岩で作られた地蔵が被害者宅から仙川を隔てた遊歩道脇に置かれていた。地蔵の底と台座上部に「六」の文字のようなものが彫られていた。指紋は採取されなかった

【情報提供先】
警視庁成城警察署 特別捜査本部
署電話03-3482-0110(内線6508 6514)
直通 03-3482-3829

 割愛したものもあるので、ぜひ、

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/jiken/jikenbo/seijo/seijo.htm

 を閲覧して頂きたい。

■元週刊誌記者が体験した「騒動」

 上に列挙した「事実」だけでも、日常的な事件報道の内容とは異なっている印象が強い。だが、これでも「序の口」だろう。
 例えば、犯人のヒップバッグから検出された砂だ。それはカルフォルニア州の砂だと分析されている。具体的には、モハーヴェ砂漠南西部にあるエドワーズ空軍基地付近のものだという報道が行われている。
 一方、この記事では、ある元週刊誌記者が我々に述懐してくれたエピソードを紹介したいと考えている。
 その内容は実のところ、これまでに見たような〝派手〟なスクープ性は皆無だ。
〝ネタ〟として新聞社や週刊誌の編集部にもたらされたとしても、ボツになった可能性さえ否定できない。誰もが「こんな話は事実だとしても、どんな事件でも起こっているよ」と片付けてしまいそうなのだ。
 しかし表現としては難しいが、事件のことを考えさせられる、ある種の「奥行き」を持っているのは事実だろう。その内容が単なる「情報」ではなく、やはり、ある種の「人間ドラマ」だからだ。
 犯人にまつわる情報ではない。被害者である宮沢みきおさんの「仕事」に関する内容だ。その情報から犯人が推測できるような要素は全く存在しない。
 一方で、捜査の困難さが、ずしりと伝わってくる。
 特異な事件は、やはり現場の捜査員を混乱に陥れるのだ。更に、偶然〝市井の人々〟が「情報提供者」になった時のパニック状態も浮かびあがってくる。
 それでは、この元記者の述懐に耳を傾けよう。彼は「あれは事件発生から数年が経った頃でした」と言う。
 
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【購読記事の文字数】約5500字
【写真】捜査本部がPDFなどで配布している「事件の詳細について」
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