【無料記事】LIXIL「ディンプルキー」は「複成可能」の恐怖 | イエロージャーナル

 東京の豊島区で1人暮らしをする20代のA子さんは、都内の新聞社に勤務している。職場は社会部だが、記者ではない。事務を担当している。

 そんなA子さんは先日、恐怖で顔が真っ青になってしまった。自宅に誰かが勝手に侵入した形跡を見つけたのだ。息を詰めながら部屋の中を調べてみると、どうやら犯人は地方の実家に暮らす母親らしい。

 安堵したとはいえ、その分怒りは強くなる。母親に電話をかけて問い詰めると、母親は上京した折に、こっそりと立ち寄ったことを認めた。

 親子でもプライバシーは存在する。男の影でも探そうとしたのか──更に問い詰めようと思ったが、急にどうでもよくなった。頭の中が疑問で膨れ上がったからだ。

 セキュリティがしっかりしているからと、「ディンプルキー」という「絶対に複成不可能」という玄関鍵の物件をわざわざ選んだはずなのだ。一体、どうやって母親は自分の家に侵入したのだろうか──?

■―――――――――――――――――――― 【筆者】田中広美(ジャーナリスト) 【写真】LIXIL公式サイト「玄関まわり」より

(http://www.lixil.co.jp/lineup/entrance/)

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 思い返してみると、東京を観光すると母親が前に上京してきた時、自宅の鍵を預けたことはあった。その際、母親は合鍵屋に向かったとしか考えられない。とはいえディンプルキーは絶対に複成できないことが最大のセールスポイントなのだ。

 だが現実は、母親のような人間にも簡単に、自分の承諾を得ず、知らない間に合鍵を作れてしまった。謎は深まるばかりだ。

 母親を問い詰めると、近所の合鍵屋で簡単に注文できたと答える。だが合鍵屋に問い合わせても、「鍵をなくした方への特別サービスのつもりでした」などと、のらりくらりと答えをかわしてしまう。

 そこでA子さんは玄関ドアの製造元であるLIXIL(東京都千代田区霞が関)に問い合わせてみることにしたのだが……。

 A子さんが憤って言う。

「インターネットで問合せ先を調べると、『玄関ドア・引戸』の項目があり、クリックするとフリーダイヤルの番号が記載されていました。ところが電話をかけると、札幌のコールセンターが対応するのですが、具体的な話は何も行われません。ソフトバンクやアマゾンの対応と非常に似ていましたが、LIXILを含めた3社は、とにかく時間を稼いで、こちらの根負けを狙うという作戦を採用しているんじゃないでしょうか」

 札幌のコールセンターに対し、1つだけ同情できるポイントがあるとすれば、「ディンプルキーの複成問題」は、とてもではないが対応できる案件ではなかったということだろう。

 だが、それだからこそ、本社の人間を呼び出すなり、少なくとも上司に代わるとか、打つ手はあったはずだ。なのに全く何もしないのは、読者の皆さまも同じような経験をされたかもしれない。

 遂に業を煮やしたA子さんは、コールセンターの担当者を怒鳴りつけた。

「いつまでも門前払いをするのなら、こちらにも考えがあります。まずは、この録音を上司に聞かせて下さい。そして広報担当者に、私へ電話させて下さい」

 そしてA子さんは、自分の勤務先である新聞社の社名も付け加えた。あまり趣味のよくない方法だとは、もちろんA子さんも自覚している。だが、その後のLIXIL側の対応は、呆れるほどスピーディーだった。「マツモト」(一応は仮名)と名乗る広報担当者が、A子さんに電話をかけてきたのだ。

「仰るとおり、ディンプルキーは基本的に、複成はできないことになっています。ですがドアの内側に番号が書いてありまして、この番号をLIXILに発注下されば、同じ鍵が入手できる仕組みになっております」

 確かに鍵を紛失した場合、鍵そのものを交換しなければ自宅に入れないという条件は厳しすぎる。「極秘のバックアップ」として、合鍵を作れる方法も用意しておくことに越したことはないのかもしれない。

 とはいえ、その番号が扉の内側=室内側に、小さなシールなどで貼っているのならまだ分かる。

 だが「マツモト」(仮名)は、ドアの横──つまり扉の厚みがある部分で、鍵の機構が内臓され、ロックすれば閂がにょっきりと飛び出したりするところ──に番号が書いてあると説明する。

 原点に戻れば、A子さんの母親はディンプルキーを合鍵屋に持っていったが、店員に「扉の横に番号が書いてあるはずなので、それを教えてくれますか」と訊かれたのだろう。

 母親はA子さんの家に戻り、ドアを明けて番号をチェックして、そして見事にLIXIL純正の合鍵を手に入れたというわけだ。

 これがセキュリティ上、大問題であることは論を俟たない。だが、「マツモト」(仮名)の口調は非常に呑気なものだ。再びA子さんの怒りは頂点に達した。

「だったら鍵のことを知り抜いている工事関係者だけでなく、宅配便の人だって、ドアの横をチェックすれば、ディンプルキーの番号を把握し、合鍵を作ることができるということなんですか!?」

 マツモト氏は、直ぐに白旗を掲げた。

「そういうことにはなってしまいます。ですが、基本的には悪意、悪用はないということを前提として運用しておりまして……」

 A子は呆れて言う。

「複成できない鍵、に嘘はないかもしれません。でも簡単に第三者が同じ鍵を発注できるんですよね。どこが防犯性の高い鍵ですか。むしろ普通の鍵よりタチが悪いですよ」

 マツモト氏は、いけしゃあしゃあと続ける。

「ご承知の通り、合併してから、このようなかたちになってしまって。ご指摘の通りかもしれません。内部の声もいささか通りにくくなっておりまして」

 全く悪びれるところのない口調に、A子さんは〝最終通告〟を突き付けた。

「そちらも録音しているそうですが、私もICレコーダーで、この会話を録音させてもらっています。こんなにひどい対応を続けられるなら、インターネットで公開に踏み切らざるを得ません」

 だが、マツモト氏は全く動じなかった。

「ええ、かまいません。どうぞどうぞ」

 あの「東芝クレーマー事件」の発生は1999年。

 他山の石とし、企業側の横柄な応対は減少したはずだ。ところがLIXILは違うようだ。何の危機感もなく、マツモト氏は気楽な口調で「どうぞどうぞ」を繰り返す。A子さんの耳には「どーぞどーぞ」と聞こえたそうだ。

 A子さんが「株価に影響を及ばさなければ、私の話はとるに足らないとでも思っているのですか?」と厭味を言うと、マツモト氏は電話の向こうで呟いた。

「本当は活字になったりする前に、どこにどのような記事が載るのか、教えて頂ければありがたいんですが……」

 暖簾に腕押しとは、まさにこのことだろう。マツモト氏は女性をストーキングしている変質者が、ターゲットの自宅ドアを開ける手段を得られる、ということに対する想像力もなければ、危機感もないのだ。

 マツモト氏は言い訳のように「本人確認をやっております」とは言う。だが、母親が勝手に合鍵を作ったことを目の当たりにしたA子さんは、全く信じることができない。合鍵屋はA子さんの許諾を求めることはなかったからだ。

 呆れるほどのザル対応だが、更に大問題がある。

 合鍵屋は「本人確認」のため、母親にA子さんの自宅住所を訊き、記録に残しているのだ。鍵の番号と住所が一致すれば、更に危険性は高まることになる。

 鍵屋の経営者は善人かもしれない。

 だが従業員が未来永劫、悪人は1人も雇用しないと断言できるはずもない。パソコンに記録しておけば、ハッキングで流出してしまうかもしれない。何たるザルシステム、いや、無能極まりない「本人確認」だろうか。

 ことはA子さんの住む豊島区にとどまらない。ディンプルキーは複成できない防犯機能が最大のセールスポイントだ。都内に限らず、全国各地の高級住宅街で、採用率が非常に高いという。住宅会社の担当者が明かす。

「施工、設置の段階で、現場は不特定の作業員や職人、そして住宅会社の社員が出入りします。1人でも悪意を持った人間がいればどうなるか、言うまでもありません。取り寄せた複成キーを使い、留守を狙って、密かに侵入することが可能です。それも堂々と、玄関から入るのです」

 そして、この担当者は「こうした危険性を、LIXIL内部が把握していないとは考えにくい」──と付け加える。

 LIXILは「トステム」「INAX」「新日軽」「サンウエーブ」「TOEX」という部材分野の異なる各企業が、単に規模の追及と、売上高の嵩増しを目指した果ての合従連衡劇によって誕生した。

 マツモト氏が認めたように、ユーザーや現場の声を開発スタッフに届ける風通しのよさも、社内機構も存在しないのだ。

 そのマツモト氏だが、最後にA子さんに対して「貴重なご意見を承りました」と言ってのけた。都内でリフォーム設計を専門にするある設計士の経営者も嘆く。

「一般の顧客だけではありません。LIXILは合併してから、私たちプロの人間に対しても本当に対応がひどくなりました。ひどくなっても改善されることはない。見かけの企業規模は肥大化していますが、それと比例して企業の〝格〟は下がる一方です。設計や施工をして発注して、不具合があって我々が対応を求めても、皆さんと同じように電話がつながりにくい。話が通りにくい」

 LIXILにとっては「余計なお世話」かもしれないが、念のため、この記事が出た後の動きを〝予言〟しておこう。

 この記事がアップされると、契約企業に対する「悪い評判」を拾い集めるネットパトロール専門の会社から、広報部にメールが送られるはずだ。担当者は目を通しながら、ざっと以下のようなことを心の中で呟く。

「イエロージャーナル……? 聞いたこともないな。弱小のネットニュースが、どんな与太話を書いても、株価への影響なんてあるはずもない。とりあえずは無視だな」

 そして机の上に置いたスターバックスのタンブラーからカフェラテを啜り、知り合いのPR会社に電話をかける。

「イエロージャーナルとかいうニュースサイト、知ってる? 無理する必要はないよ。分かったらでいいから、教えてよ」

 担当者は、こうして仕事を片付ける。だが、その間にも複成できないはずのディンプルキーは、合鍵がばんばん市中に流れていく。

 最悪のケースは、ディンプルキーのセキュリティに問題があったとして、窃盗だけでなく、最悪の場合は強姦や殺人の被害者や遺族が民事賠償請求を起こすかもしれないのだが、LIXILの人間は誰1人として、そのことに思いが至らない。

 組織肥大化しただけで、対応も意識も追いつかないとはまさにこのこと。合従連衡劇のなれの果てだ。

(無料記事・了)