2017年2月23日

【無料連載】『哀しき総会屋・小池隆一』第16回「記者と対峙」

sokai2017-02-22 14.03.51

(承前)千代田区長の石川雅己は都立大(現・首都大学東京)法経学部を経て、1963年に東京都庁に入庁した。そのため、石川と山田慶一は「都議会のドン」と呼ばれる内田茂と関係が深いとされている。

 現在は練馬区長である前川燿男も、山田が「顧問」の名刺を持つ大都市センターで代表取締役を務めていた。そもそも前川も元都知事本局長などを歴任した都職員。そして山田との繋がりは内田茂都議との縁だと仄めかしていた。

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【著者】田中広美(ジャーナリスト)
【写真】NEXCO東日本公式サイト『もっと知りたい高速道路図鑑』より
http://www.e-nexco.co.jp/csr/wakuwaku/
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 2012年秋、当時の石原慎太郎都知事が急遽、国政復帰を表明。それに伴い12月に都知事選が実施された時も、内田の前に自民党都議団は「沈黙」を余儀なくされた。

 なぜか。それは以下のような事情があったからだ。

 石原が後継として使命した、作家で都副知事だった猪瀬直樹を、内田茂は極めて嫌っていると言われたからだ。そのきっかけは、千代田区紀尾井町の参議院議員宿舎の移転問題だった。

 副知事に就任すると、猪瀬はメディアを引き連れ、宿舎の建て替え予定地を視察。結果、自然保護を理由に反対したのだ。

 これが虎の尾を踏む。移転を推進していた内田茂の怒りに触れたのだ。以来、内田は猪瀬を徹底的に嫌厭する。ために自民党都議団も、猪瀬との不仲を伝えられるようになった。

 その影響は、都知事選で露骨に現れる。自民都議団は猪瀬推薦を決定できず、最後の最後まで沈黙を守った。内田を慮ったと見られても仕方がなかった。対して選挙公示に先立って行われた自民党による世論調査では、猪瀬支持が40%超という結果が出た。猪瀬を容認できない自民都議団としては苦々しい展開に追い込まれていた。

 最後は都議団での意思決定は不可能となり、公示日の直前、態度未決のまま判断を自民党本部に預ける形となった。そして最終的には党本部の決定で「猪瀬支援」が決まり、他党も有力候補の猪瀬に相乗りすることとなり、蓋を明けてみれば430万票超という歴史的数字で当選を果たす。

 自民党都議の中にも、なぜこれほどまでに内田が猪瀬を嫌っているのか──参院宿舎の問題で猪瀬副知事が、内田都議の意向に反対したとはいえ──これほどまでに執拗に尾を引いているのか訝る向きもあった。

 その背景として、内田当人でさえ自覚していない可能性もあるが、猪瀬が道路公団改革で「道路族のドン」と徹底的に戦ったことは重要だろう。猪瀬は勝者となり、相手を追放してしまったのだ。

 猪瀬が引きずり下ろした相手は、元建設省事務次官で、元道路公団総裁の藤井治芳。そして藤井と内田茂の間は、やはり山田慶一が取り持っていた。

〝全知全能の神〟たる「道路族のドン」藤井治芳

 山田たちが赤坂の焼肉屋『牛村』で宴会を開いた場面を、この連載では何度も紹介している。

第8回「角栄」
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000320/
第15回「人間不信」
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000457/

 山田は、この会合の直後、藤井治芳の「直筆メッセージ」を自身のところに集う者たちに伝えた。それを道路のドンからのご託宣ととった者もいようし、はたまた、藤井からの直筆メッセージを得てくる山田という男の凄さを更に確信した者もいよう。

 内容は、経済談義の他愛のないものだ。しかし藤井の直筆メッセージであることが「山田慶一」という看板がなお求心力を得るための何よりも強いメッセージとなる。

「藤井所感」とでも戯れに名付けてみるが、ポイントは以下のようなものだった。

 経済再編に当たっての考え方
経済、特に金融・産業の国際化が一層重層化する中で、国際的なシステムへの参画がより弾力的に可能となるよう、努力すべき
例えば
○税制のあり方、その中でも関税のあり方
○国際企業へ成長していくための育成プログラムの見直し
○外圧を利用した国内企業へのバッシング(パシフィックコンサルタント)

 パシフィックコンサルタントがバッシングの一例として言及されているところが、いかにも山田らしい〝手配〟であるようにも見える。

 自身が逮捕直前まで追い込まれた──実際、無罪とはなった──ものの、東京地検特捜部が立件した事件が、元建設省の事務次官をして「外圧を利用したバッシング」の一例としてわざわざ持ちだしている。

 これこそが肝なのだ。山田の元へ参集する一流企業勤務の〝賢い紳士〟たちは、山田と藤井の「精神的な一体感」を見過ごすことなく、見事に嗅ぎ当てる。「山田劇場」で演じられる仕掛けは大胆かつ繊細。観客たちが〝見巧者〟ということもあり、芝居の意味を誰もが完璧に理解する。

 藤井所感はレポート用紙3枚。地域金融と国際化など、マクロからミクロまで目配りがきいていた。しかし意外にも、「都市計画における研ぎ澄まされた思想性」などといった、プロを唸らせる魅力に乏しかった。藤井の圧倒的なキャリアを重ね合わせれば、凡庸という評価が下ってもおかしくない。

 それは、日本社会を論じた次の一節からも伺えた。

 日本社会は、明治政府発足以来、国家の体制が、諸外国に対して、国を富ます、強くする視点から、中央の強化と国家の強化を同一視し、税制、財政、法制、行政等を含め、インフラ構築も特別扱いされてきた。

 国即ち中央と地方との関係は、廃藩置県、官制知事、地方への助成金システムといった視点でつくられてきた。

 このことが、日本では、東京と地方との関係が必要以上に〝格差〟の形で現在に至っている。

 全総計画で当初から〝一極集中是正〟が挙げられているのはその為である。

 しかし、江戸時代では日本の文化、知識層が300雄藩からなる地方社会に定着しており、江戸に一極集中するのでなく、ほどほどの強い中央(江戸)とそれなりに強い地方との連けい構造であった。

 日本社会が、住み易さ、文化、経済的強さを目ざして、新たな地域社会構築(地方分権)を考えるためには、最近の諸々の情報及び情報発信のあり方が極めて重要になる。

 東京という大都市社会の国民である東京の発注情報をもって、日本の情報と誤解されないよう注意する必要がある。(東京人が日本人という誤解、東京人は日本人の一部にしか過ぎないという認識をあらためて思う必要がある)

 藤井所感のキーワードに「全総計画」がある。この全国総合開発計画こそは、まさに戦後自民党の55年体制を裏支えした国土開発計画といえる。

 目的は日本のグランドデザインを描くというものだ。当初は高度経済成長期にその事務局は旧通産省の外局である経済企画庁に置かれていた。それが橋本行革を経て、国土審議会を所管する旧建設省がその所掌を獲得した。

 各年次の予算獲得が各論だとすれば、全総は、いわば総論にあたる。そして、仮に各論が総論を超え得ないものだと考えれば、全総は「日本国デザイン」の設計思想ともいえる。更に踏み込んで表現すれば、日本国開発計画の「チャーター」──憲章、綱領、宣言などと訳される──とでもいうべきものだ。

 旧建設省の事務次官・藤井治芳が道路族のドンとして君臨できた背景の1つは、国土交通省が土建行政の元締だからというだけではなく、日本国土の設計思想さえもデザインする組織であったからだ。

 山田は、その「全総」を築いてきた藤井のメモを、つまりは「ドンの心情」を〝代読〟できる存在なのだ。山田こそは「日本開発のドン」の〝使用人〟であるという空気を醸し出していく。

〝道路利権〟を巡る通産省と建設省の暗闘

 現在、旧建設省=国土交通省が所管する全総は、そもそも旧通産省=経済産業省が担当していたことは、専門家の間でも、あまり知られていないようだ。

 先述した通り、全総は日本のグランドデザインを描く総論にあたる。当初は経済企画庁が所管し、経企庁は内閣府の外局として設置された。しかし、設置時にプロパー職員の存在しない官庁は、既存組織によって所掌争いの草刈場と化す。

 経企庁を巡るヘゲモニー闘争に、当然ながら旧建設省も〝参戦〟している。建設省は霞が関の中でも「隠れた名門」という個性を持っていた。藤井治芳のように、技官でも事務次官に上り詰めることができる技術官庁として知られるが、その出自は戦前の旧内務省に遡る。

 戦後GHQにより、内務省は自治省、厚生省、警察庁などに分割されたが、こうした旧内務省系の省庁は現在でも〝選民意識〟が高い。省庁の垣根を横断し、「旧内務省関係者」の名簿を作成するなど、自らを「ノーブル」な存在だと任じている。

 日本の省庁はエリート組織と見なされるが、1府13省庁の中で更に上位と位置付けられる役所を「五大省庁」と呼ぶ。内訳は①財務省、②外務省、③経済産業省、④警察庁、⑤総務省自治分野──となるが、この中で経産省=旧通産省は戦前、商工省と呼ばれ、決して一流官庁ではなかった。通産省が一流官庁として台頭してきたのは復興と経済立国が成功した戦後からになる。

 そして1950年に誕生した経済企画庁は当初、通産省に〝占拠〟される。歴代の事務次官を見れば、当初は商工・通算官僚の名ばかりが連なる。経企庁プロパーのトップ人事が行われたのは何と1989年。星野進保・事務次官の登場まで待たなければならず、実に設立から30年が経過していた。

 だが、名門建設省が、通産省の勝ちっぱなしを許すはずもない。最重要の仕事であるかのように暗闘が続き、遂に2001年の橋本行革による省庁再編で、全総の所管は通産省の手から建設省の手に移る。

 この全総が描く、全国道路ネットワークの下積み作業に関わり、役人人生を全うしたのが藤井治芳である。1936年生まれ。東京大学工学部土木工学科、同大学院工学研究科を経て62年に建設省入省。

 通産省=経産省は例えば、都市整備機構を所掌し、絶対に離さない。だが、道路で結ばれていない「単独の街」などあり得ない。都市を発展させるためには、必ず道路が必要だ。だからこそ藤井は戦後日本で行われた開発の全てを担ったと言っていい。生き字引だからこそのドンだったのだ。

 そして山田慶一は自民党田中派・田中政権が生んだロビイストだ。田中派が持つ権力、その源泉の1つが道路だったことは言うまでもない。山田も、この藤井の影をちらつかせることで、企業の求心力と、自身の命脈をつないでいた。

 ここで、少し重要な寄り道をさせて頂きたい。少なくとも、わが国日本において、民間が仕事をしようとすれば、必ず役所の「ルール」にぶつかるわけだが、そもそも、なぜ省庁の所掌が拡大し続けるのだろうか。更に、そうした指向の源泉はどこにあるのだろうか。この問いに、さる経産省の人間は、次のように答えてくれた。

「すべては法律。役所の権限はすべて法律が根拠になっているんだから。法律、政令、省令とね。役所は法律がなければ何もできないでしょ。だから、法律を作らなければどうにもならないわけだ。施策にはすべて法律が絡んでくる」

 なるほど。省庁は法律を作れども、棄てないのには訳があったのだ。

「年間、おおよそで100本くらいの法律が成立しますが、廃止というのはほとんどないですね。廃止の場合でも、法律の一部を廃止することはあっても、法律そのものの廃止というのはまずない。改正、改正でやっていきますからね」(内閣法制局)

 そして、経産省の人間はこう付け加える。

「法律を廃止するときはね、それは何を意味するかわかるかい? それは、新しい法律を作るときだよ」

 法律を永遠に作り続けるのだから、所掌が拡大することはあっても、縮小することはない。そこに、商機ならぬ〝省機〟拡大の芽もあろう。

 更に、省機拡大のときこそ、民間の思惑も潜り込む〝好機〟到来なのだ。1990年の橋本行革。その中の省庁再編とはまさに、バブル崩壊後の「失われた20年」の始まりであり、変革期特有の微妙な歪みが、ロビイストに付け込む余地を生んだのかもしれない。

 更に言えば、田中角栄と、越山会の女王、佐藤昭を後ろ盾にする自民党の生んだロビイスト、山田慶一の生き残る余地を……。

山田慶一と対峙した東洋経済新報社記者の岡田広行

 藤井治芳と全総計画。それは字義通り、開発そのものを意味した。

 開発計画に関する情報を、いち早く入手することは、企業にとってはどこよりも早く「ツバを付ける」すなわち、カネを注ぎこめることを意味した。

 使途秘匿金のニーズと、それが生きる余地がそこに生じるのだ。ちなみに使途秘匿金については、この連載の第13回で焦点を当てた。

【会員無料】『哀しき総会屋・小池隆一』第13回「千代田&練馬区長」の〝過去〟
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000444/

 ゼネコン業界にとっては、いわゆる「前捌き金」といわれる、優に億単位にのぼるカネが動くことになる。事業関係者を飲食で接待するカネに使われるのみならず、現ナマを〝握らせる〟ためのシステムといえた。

 あそこにビルが立つ、向こうの駅前が整理される、といった計画が発表された段階で動いても、もう企業の事業は成り立たない。計画段階からカネを注ぎ、計画そのものを時には動かし、原案に食い込み、素案に意志を反映させる。そんな時にこそ「前捌き金」は大きな力を発揮する。

 藤井治芳という〝神〟の思想が、山田という〝口〟を通じ、ゼネコン業界と、その周辺に現実的なメッセージを伝える。すると、そこに集い、行動を開始する者たちが現れる。

 しかし、それが現在進行形として立ち現れる時、あまりに生々しく、醜悪な姿態を曝すことにもなる。東京都千代田区紀尾井町・清水谷参議院議員宿舎の老朽化にともなう移転・建て替え計画もまた、実はそんな壮大な思惑の一端にしか過ぎないのかもしれない。

 それにしても、この山田慶一という一般には耳慣れない無名の人物になぜ、これほど多くの人間が〝惹かれ〟、そして〝恃み〟とするのか。山田の素姓についてはほとんど活字になったことはないが、その山田を長く〝監視〟し続けてきた記者がいる。

 東洋経済新報社の岡田広行だ。その岡田が書いた次の記事が、これまでにもっとも深く、その山田を追ったものといえる。

 岡田がかつて取材した段階では読み解けなかった部分に、その後、私の取材で新たに読み解ける部分を加えて補完しながら、引用してみたい。

山田慶一氏。

「業務屋」と呼ばれる建設談合の世界に身を置く人間であれば、一度ならず彼の名前を耳にしたことがあるはずだ。

 昨年2月、公正取引委員会に一通の〝告発文〟が持ち込まれた。

 表題は「独占禁止法四五条一項に基づく申告」。差出人は平島栄・西松建設相談役(当時)。近畿二府四県の建設談合を取り仕切ってきた実力者が、部下の談合屋の造反に激怒して、前代未聞の行為に及んだのだ

〝談合のドン〟、平島のこの暴挙ともとれる行為は、当時、ゼネコン業界にとどまらず、それを持ちこまれた役所側にも衝撃を与えた。このスキームを描いたのが山田である。

 その平島氏が「すべてを明るみに出す」と息巻いていたさなか、談合の実態に詳しい準大手ゼネコンの幹部がポツリと漏らした。

「平島さんの背後で、『山田慶一』が動いている。話がややこしくなってきた」

 山田氏は、経歴、生年月日、出身地とも不詳。

 過去の事業歴を調べるには、法務局に眠る膨大な閉鎖謄本を丹念にめくる以外にない。しかも、一三年前に遡らなければならない。当時、山田氏は、「ケイヨウエンジニアリング」(本社・港区)なる企業の代表取締役を務めており、同社が二度目の不渡りを出す四カ月前に代表の座を退いている。以来、なぜか世間の表舞台に出ることを避け続けてきた

 山田の経歴はたしかに、表向き不詳である。当人が語らないのみならず、当人に訊くことさえ憚られる、強い威圧感を放っているからである。

 あるいは、誰もが知る「在日」という素姓ゆえに、山田を知る人間に自発的な抑制を強いているのかもしれない。

 だが、警視庁のファイルによれば、山田の経歴については次のように記録されている。

 山田慶一はもちろん、日本でのいわゆる日本人的な〝通名〟であるが、この通名もかつては慶一ではなく、初男で通っていたとされる。

 山田初男は、山口県出身とされる。それも、九州にもっとも近く、関門海峡をのぞむ下関市という。

 山田の学歴もこれまた表向きには、日本大学中退とも、東京理科大中退とも、他称されているが、これは、山田がこれら2つの巨大な学校法人を巻きこんだ巨大な都市計画プロジェクトに参画する折々にどこからともなく囁かれた話であり、事業の展開に有利に働くとみるや、それぞれの局面で都合のいいほうにあえて〝流している〟気配が強い。

 警察当局は、山田の最終学歴を「日本不動産専門学校」と見ている。同名の専門学校は現在も福岡市内に存在するが、山田が幼少期から青年期にかけて下関で過ごしたとすれば、福岡の専門学校に通っていたとしても不思議はない。

 下関と福岡とは、関門海峡という海を挟んではいるが、〝通勤圏〟である。

 この後、山田が警察当局に補足されるのは、「林一家」の構成員としてである。林一家とは聞き慣れないが、それも無理はない。かつて横須賀界隈を拠点として展開した林喜一郎率いる任侠グループで、林は稲川会最高顧問であった。この林一家の若い衆として、山田は初めて警察当局に補足されるのだ。

 この林一家の領袖、林喜一郎が死去した1985年以降、「山田初男」は表から姿を消した。

 そして、いつしか立ち現れたのが「山田慶一」である。山田の朝鮮名は朴慶鎬。おそらく、新しい通名に、「慶」の一文字を入れたのであろう。在日の人間が日本語の通名を創る場合に、当然、本名とのつながりをどこかに残す作法にもかなっている。

 この山田初男が構成員として認知されていた林喜一郎一家だが、林一家は、いわゆる〝経済ヤクザ〟のパイオニアといわれ、単なる任侠道から、現在につながる事業性へシフトする先鞭をつけたことでも知られている。

 山田初男が日本不動産専門学校で身につけた不動産取引の知識が、そうした事業性を追求する林一家で重宝された場面もあったのかもしれない。

 さらに、岡田が突き止めた「ケイヨウエンジニアリング」における山田の役員歴は貴重といえた。山田は現在まで種々に顧問の名刺を持つものの、ある時期以降、法人の役員登記欄には一切、名前を出さないからである。

 山田が〝自分の会社〟といいながら、「経営者」として正式に名前を表すのは、これまでに知られているところでは、このケイヨウエンジニアリングと、そしてもうひとつ、かつて赤坂にあった料亭・鶴仲くらいである。その他は、オーナー然とした振舞いをしながらも、決して役員欄には登場しない。

「山田は不動産には長けているが、株などの数字はまったくわからない」(小池隆一)といわれるそのあたりの偏りも、あるいはそのキャリアに由来しているのではないかとさえ思わせる。

 実際、自身にまつわる不動産の抵当のつけかたと、その転がし方、つまり不動産を、売買を経ずしてカネにする作法には山田は実に長けていて、自信を見せる。

 そして、その人脈は確かで、彩り鮮やかである。

 反面、政官財の人脈は多彩だ。

「越山会の女王」の異名を持つ佐藤昭子女史(政経調査会)、佐藤茂・川崎定徳前社長(故人)、加藤六月・衆議院議員、藤井富雄・公明元代表(東京都議)の長男・練和氏、そして葉山莞児・大成建設副社長等々。

 主催するパーティーもスケールがでかい。毎年暮れになるとホテルの大広間を借り切り、ゼネコン幹部数百人を招待して忘年会を催すという。出席者は互いに顔を見合わせ、「どんな人がよく知らないが、すごい人脈を持つ人らしい」と囁きあう。パーティーの費用の捻出方法も不明である

 だがバブルが崩壊し、自民党による圧倒的な利権政治と土建体質も多少の変革も迫られてきた昨今は、山田自身の経済状況も下降の一途を辿っているようだ。

「かつてのような神通力はもう失われつつある」(山田と20年来の知人)との声もあり、近年は赤坂の元クラブの焼肉屋の奥座敷で粛々と行われているにすぎない。

 しかし、そのスケールは異なれども、互いを知らぬ多彩な人脈こそが自身に対する求心力につながることを知悉し、そのための演出を躊躇なく駆使するあたりは、過去から現在に至るまで一貫している。

 本誌は山田氏の事業を二年以上にわたって追い続けてきた。山田氏が関与したプロジェクトの多くが不良債権と化しており、少なからぬ事業で「疑惑「の存在が囁かれてきたからだ。

 

 今年度末にかけて、銀行の不良債権処理に六兆円の公的資金が投入される。不良債権を作った責任は厳しく問われねばならない。だからこそ、山田氏には事業が頓挫したいきさつを聞きたかった。

 

 すると、思いがけないことに希望がかなった。文化学園の不祥事を取材するさなか、本人から「会ってもいい」と連絡が入ったのだ。この間、電話での取材依頼は優に一〇回を超えていた。山田氏が手掛けた東京・日の出町の山林開発の取材を始めた時から、すでに二年の歳月が経過していた。

 

 11月半ば、本誌記者は山田氏が主宰する団体の事務所におもむいた。千代田区一番町。日本交通の子会社が所有する真新しいビルの八階に山田氏は本拠を構えていた。中では七、八人の中高年の男女が働いているが、仕事の内容ははた目には分からない。

 

「環境計画研究会 山田慶一」

 

 差し出された名刺は、シンプルなものだった。ちなみに「環境計画研究会」は法人登記がされていない私的な集まりである。ただ、三年前に東京都に提出された宅地建物取引業者の資料の中に、次のような記載があった。

 

「本来、林野庁の遊休化した土地の再開発をするために(株)リスト内に設置された勉強会であり、目的を達成した現在も、ゼネコンその他不動産間連業者を集めて勉強会を開催しています」

 

 ちなみに、「リスト」の関山靖人社長は、右翼団体の「輿論社」に勤務していた経歴を持つ実業家で、山田氏の最も緊密なパートナーの一人とされる。リストと環境計画研究会は、同じビルの一室に事務所を構えていたこともある

 山田はしかし、この関山とのトラブルを抱える。これが、記事中でも言及されている東京西部の日の出町の開発を目論んだ、西東京開発をめぐる案件で、このときの反動も大きく影響したのか、ゼネコン大手の青木建設の倒産にも一役買った。西東京開発については岡田が記事中で後述する。

 山田氏の名前は、意外なところでも登場した。大沼淳・文化学園理事長の娘婿だったのだ。だからこそ、山田氏は本誌記者の動向に神経をとがらせていたのだ

 山田が子どもをもうけた〝妻〟はこれまでに都合6人に上ると見られている。

 この数は2007年、山田の実母が亡くなった葬儀の席で、初めて参列者らの目に触れ、明らかになった。

 文化学園理事長の娘は、このうちの1人で、山田はやはり子を1人設けている。だが、戸籍上の理由からか、山田は「これまで一度も結婚歴はない」と親しい者に喧伝している。つまるところ、籍を入れたことはないというのが実態のようだが、大沼の娘婿であった一時期、山田をマークするもうひとつの眼があった。

 当時の写真週刊誌『FOCUS』(新潮社・休刊)編集部である。所属記者やカメラマンは山田を追い、数々の写真を収めている。編集部が山田をマークしたのは、やはり平島栄による談合告発事件が契機だった。地下に潜っていた「初男」が「慶一」としてメディアに注視されるようになったのは、やはり平島栄事件が転機とみていいだろう。

 西松建設の平島栄、そして文化学園理事長の大沼と、常に大きな図体の後ろに身を隠すかのような生き方をしながら、徐々にその防御装置が完全には機能しなくなる。

 それは、関わる事業の大きさというよりはむしろ、自民党による圧倒的で絶対的な支配構造がほころびを見せ始める、時代構造と社会情勢の変化に曝されていたと読むほうが自然なのかもしれない。

 だが、自民党を背景に、山田らは「日本」を掘り起こし続けようとした。そこに、実はもっとも大きな落とし穴が待っていた。そして、その穴の底には亀裂が見えていた……。

 週刊東洋経済の岡田はついにその山田と対面する。

 山田氏に聞きたいことは山ほどあった。まず第一に「平島事件」の真相。次に、三〇〇億円が注ぎ込まれた東京・日の出町の山林開発事業の挫折の軌跡。そして、汐留地区での再開発事業の行方。そして文化学園の一件である。

 

「私の周りをあれこれお調べのようですね。私に何を聞きたいんですか」

 

 山田氏は、一瞬当惑した表情を浮かべながら切り出した。そしてすぐさま苦言を呈した。
「あなた方は以前、私が関係する『西東京開発』に七〇億円の使途不明金があると書きましたね。そんなカネは一銭もありません。きちんと調べてください」

 

「西東京開発」とは、東京・日の出町の山林開発を目的に設立されたプロジェクト会社である。青木建設、熊谷組、ハザマ、五洋建設などゼネコン六社が三〇〇億円近い債務を連帯保証したものの、事業は行き詰まった(本誌『96年10月5日号』参照)。

「そんなはずないでしょう。こちらも関係者を取材しています」

 

 記者が食い下がると、山田氏は興味深い発言をした。

「使途不明金はないのです。(住宅・都市整備公団出身の)元社長が目的外の事業に使ったカネが約三〇億円ありましたがね。原宿で土地建物を買ったんです」

 

 記者は思わず息を呑んだ。

 

「ですが、すでに時効です」

 

 山田氏はこう締めくくった

 山田の口からいみじくも洩れた「時効」という言葉。山田がしばしば表舞台から姿を消す時、民法上の時効がつきまとう。

 それが果して「時効成立」を待つための意図した行為なのかどうかはわからないが、山田が看板を下ろして、あるいは息を潜めている間に、しばしば多くの「時効」が成立し、関係者らは路頭に迷う。

 小池隆一もまた、山田の時効主張を目撃したことがある。関係者が歯ぎしりしたときにはすでに時効は成立し、そして刑法上の訴追を受けることもまずない。そうした関係者らの心理には、山田との〝共益関係を築かされてしまったのではないか〟という一抹にして大きな不安が必ず植え付けられているからである。

「山田の手口には、そうした共犯心理を共有させるところにひとつの特徴がある」(小池)のだ。それを、しかし、商売上手と呼ぶには、いささか無邪気が過ぎるだろう。山田以外の周辺関係者はそれによって、事業、そして企業、そして詰まるところは個人の生活が破綻するなどして、決定的な犠牲を生むからだ。

 山田がしかし、偶然ではなく、「時効」という概念をしっかり認識していることの言質をとった岡田との対峙は続く。

(第17回につづく)

2017年2月9日

【無料記事】千代田区長選・現職勝利で「石川VS内田」黒い原点

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 千代田区長選は小池百合子を〝担いだ〟形となった現職・石川雅己氏の勝利に終わった。

 報道では今のところ、『週刊朝日』(2017年2月17日号)の「豊洲移転きっかけは「小池派区長説」を追う」が唯一、気を吐いた印象だ。

 とはいえ、石川区長が築地市場の移転に絡んでいたことを示し、特に都庁港湾局長時代の辣腕に触れたことは重要だが、その背景には踏み込めてはいない。
 
 答えを先に示せば、港湾局長時代の石川氏は、既に内田茂都議の実質的な傀儡だったのだ。記事では、石川が都局長として政策を立案したように書かれているが、当時から都庁では内田都議の後ろ盾がなければ、誰も局長などの幹部ポストには就けなかった。

 つまり石川区長こそ「内田茂チルドレン」の筆頭格なのだが、いまだに正確な報道が行われていない「なぜ石川区長と内田都議は反目したのか」というポイントを詳報してみようと思う。

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【著者】下赤坂三郎
【記事の文字数】2500字
【写真】千代田区公式サイト「区長選挙開票結果」より
http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kurashi/senkyo/kucho/kihyo.html
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 まずは元千代田区職員に、もつれた糸を解き明かしてもらおう。

「決定的なきっかけは2008年、内田茂さんの落選です。この時、例えばゼネコンや、政治ブローカーといった〝都政関係者〟の間で、『これで内田は終り』という雰囲気が蔓延したんですね。そしてゼネコンなどが内田さんの代りとして注目したのが、01年に千代田区長に当選していた石川雅己さんでした」

 これまでは「内田茂チルドレン」たる千代田区長だったが、周囲が「親離れ」を勧めてきたわけだ。そしてチルドレンたるご本人も、やぶさかではなかったらしい。

「さる都政ブローカーが、赤坂の焼肉屋で都やゼネコンの関係者を招く宴会を、定期的に開いていたんです。そこに石川さんも姿を見せていたんですが、非常に用意周到なんです。公用車の利用記録を残してしまうと、反石川派の区議から追及されるので、赤坂見附の交差点で公用車を降りて、赤坂の繁華街を1人で歩いて来るわけです。ところが、この振舞が内田さんの逆鱗に触れてしまうんです」(同・元千代田区職員)

 内田都議は石川区長のこれまでになかった用心深さを目の当たりにして、何と「ゼネコンとの折衝役という自分の役割を奪い取ろうとしている」と見抜いてしまったのだという。男の勘も、こういう時は恐ろしいものがある。

「この頃は例えば、紀尾井町にある参議院清水谷宿舎の建て替えに焦点が集まっていました。石川区長は内田さんを抜きにして、ゼネコンや不動産業者と直接、ラインを持つようになります。ゼネコン側も歓迎しました。となると内田さんからすれば『俺の力で千代田区長になったくせに』と面白くないのは当然でしょう。庇を貸したら母屋を乗っ取られたわけですから」(同)

 一方、1999年に初当選した石原慎太郎・都知事は、2003年、07年、と再選を重ねていく。そして07年には猪瀬直樹氏が副知事に就任する。
 
 ご記憶の方も少なくないだろうが、清水谷宿舎の建て替え問題は「江戸時代から続く貴重な緑地」として反対運動が根強く行われていた。ところが都政トップが石原=猪瀬のコンビとなってからの08年12月、「都心に残る貴重な緑を保護すべき」と計画の断念が表明された。

「石川区長は、改革派を自称する猪瀬直樹・副知事が都政入りすると、陰では蛇蝎のごとく嫌っていました。ところが猪瀬さんと内田さんの対立関係が明らかになると、一転して猪瀬さんを選挙応援に招いたんです。今回も同じですが、石川区長は改革イメージを前面に出すことで当選してきました。とはいえ、ゼネコンと金融機関の強固な支援が当選の最大要因ですから、改革派は見せかけだけですね」

 弊誌は『【無料記事】千代田区長選の「小池VS内田」は真っ赤な嘘』の記事を掲載した。
http://www.yellow-journal.jp/politics/yj-00000442/

 文中で、

<千代田区長選で真に重要なのは石川氏の選対本部に、1人のキーパーソンが参加していることだ。その名を鈴木重雄氏という>

と書いたが、この点に関して、都政クラブの記者氏に現状の解説をお願いしよう。

「石川区長の万歳三唱で、鈴木氏は真後ろに立っていましたね。関係者の間では、週刊文春の『反・内田茂キャンペーン』のネタ元は猪瀬氏と鈴木氏の2人という見立てが強固なんです。本来であれば情報参謀といった役割ですから、万歳のような表舞台に出るタイプの人じゃないんです。黒子の自覚は充分お持ちのはずで、あれはわざとでしょうね。都庁の幹部たちに『自分は小池百合子と近いぞ』とアピールする狙いだったんでしょう」

 何よりも内田VS石川のバトルが雄弁に物語るが、政治の裏舞台ともなれば、はったりやら化かし合いが横行する。自分を大きく見せるために、ありとあらゆる手を打たなければ生き残れない世界だ。都政クラブの記者氏は「今回の千代田区長選で、本当の勝者は鈴木さんですよ」と苦笑する。

 だが石川区長の素性に詳しいジャーナリストの見立ては、少し違うようだ。

「鈴木さんは旧住専の富士住建の関係者であり、その利害を背負っています。ところが石川区長が持つ千代田区のプロジェクトは巨大すぎてゼネコンしか対応できないんです。そのため、鈴木さんは小池都知事への近さを武器に、都議選への関与を画策していくのではないでしょうか」

 千代田区政に妙味が存在しないのであれば、小池都政に食い込めばいい、というわけだ。確かに金と票を持つ者にとっては、政治家など出入り業者に等しいだろう。

 いずれにしても、石川区長の再選で、千代田区内の開発は一気に加速するに違いない。弊誌は最後に「真冬の怪談」を付け加えて、この稿を終わらせよう。

「利権にどっぷりと漬かっている区議も少なくありませんが、これからは今以上に気を付けるべきでしょう。昨年も重鎮区議の1人が政務調査費の問題で書類送検されましたが、問題は誰が捜査を動かしたかということです」(前出の区長の素性に詳しいジャーナリスト)

 ジャーナリスト氏によると、少なくとも石川区長が特別秘書を使い、区議の政務調査費や不正行為の数々を徹底して調べていたのは事実だという。

 脛に疵を持つ者たちが、必死にバトルロワイヤルを戦っている姿が浮かぶ。それが千代田区政の実情なのだ。

(無料記事・了)

2017年1月31日

【無料記事】千代田区長選の「小池VS内田」は真っ赤な嘘

tiyoda2017-01-31 12.24.37

 この厄介な構図を、品行方正な新聞記事から読み解くのは難しいだろう。

 1月29日に告示された千代田区長選。改革派の小池百合子知事対、守旧派の内田茂の代理戦争と前振りは喧しい。

 だが、その前にまず、品行方正な新聞記事を見習ってみよう。公選法に則った、教科書通りの報道を行っておく。

 任期満了に伴う千代田区長選に立候補したのは、以下の3人だ。

 現職の石川雅己氏(75)、新人で人材開発会社元社員の五十嵐朝青氏(41)、新人で自民党が推薦する外資系証券会社社員の与謝野信氏(41)──という顔ぶれになる。

 それぞれの主張・公約を、3候補者のサイトから紹介する。

 石川氏は現職らしく、「区政16年の施策」と実積を強調。書かれた7項目のうち「次世を担う子供たちを育成する「子育て・教育施策」」がトップだった。

 五十嵐氏は「ぼくたちの千代田。2025ビジョン」と名付けた政策集の中で、1番の番号を付けたのは「劇場型から賛成型の区政へ!」だった。

 与謝野氏は「基本政策」として最初に「日本一、住民が安心安全を感じられるまち 高齢者にやさしい安心して住み続けられるまち」を掲げた。

 これで3候補を均等に紹介したので、本題に進む。

 千代田区長選で真に重要なのは石川氏の選対本部に、1人のキーパーソンが参加していることだ。その名を鈴木重雄氏という。
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【写真】千代田区公式サイト「ようこそ千代田区へ」より
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kuse/gaiyo/yokoso/index.html
■――――――――――――――――――――
 例えば産経新聞は2012年12月『【始動 猪瀬都政】「国に太いパイプ」特別秘書に鈴木氏』の記事を掲載した。一部を引用させて頂く。

<都は18日、猪瀬直樹知事の意向を受け、知事の日程管理や政策立案への助言などを行う政務担当特別秘書に、都知事選で選対事務局長を務めた鈴木重雄氏(56)を任命した。

 鈴木氏は昭和58年から一時、石原慎太郎氏の事務所に所属していた。

 就任会見で猪瀬知事は任命理由について、「会社に長く勤め、実際にマネジメントをしていて、大阪維新の立ち上げにも協力。国に対して太いパイプを持っている」と話した。石原氏の影響を受けるのではないかとの質問には、「石原さんの秘書をやっていたのは30年前。僕がすべて決めていくので心配なく」と答えた>

 都政担当記者が解説する。

「鈴木さんは、住専問題で取りざたされた富士住建に勤務していました。その後、当時は衆院議員だった石原慎太郎さんの〝パーティー秘書〟となります。つまり集金担当ですね。その後、石原さんが都知事になって、それから猪瀬直樹さんが後継となり、鈴木さんが目付役として猪瀬さんの特別秘書になりました。差配したのは石原知事の特別秘書だった兵藤茂さんです。猪瀬さんは、産経新聞の記者で、都政記者会の〝ドン〟とも呼ばれた石元悠生さんも特別秘書に就けました。鈴木さんと石元さんに期待する役割は、当然ながら似ていたはずです」

 都政記者氏は「似ていた」と綺麗に表現するが、要するに石元、鈴木組には「地獄耳」が期待されていたというわけだ。

 石元氏は新聞記者だから〝本業〟だが、鈴木氏にも同じ役割だった。そのことから氏の〝キャラクター〟が見えてくる。

 現在の猪瀬氏は改革派の旗を掲げ、小池塾の講師となるなど、小池都知事との密接な関係をアピールしている。だが徳洲会事件を忘れていいはずもない。猪瀬氏は例の5000万円を徳洲会に返却したが、その担当が特別秘書の鈴木氏だったのだ。

 鈴木氏は上記のように石原陣営に属している。石原慎太郎氏のためにカネを集め、猪瀬都知事の秘書を経ると、奇妙なことに小池百合子知事の〝同士〟として「クリーンな改革派」というレッテルを与えられるらしい。

 厭味はこのぐらいにして、改めて構図を確認しておこう。

 現職区長である石川氏の陣営は鈴木氏を通して石原=猪瀬という元知事の〝系譜〟を引き継いでいる。これは紛れもない事実だ。

 そして現職の小池都知事が石原慎太郎にケンカを売っているのも事実だ。

 ところが小池知事は「石原氏の臭いが、いまだに強烈」(関係者)だという石川陣営を必死に応援している。選挙に怪談は付き物だが、こんな奇っ怪な構図は珍しい。都政に詳しいジャーナリストが縺れた糸を解きほぐす。

「旧・富士住建の関係者も期待していますよ。鈴木氏が石川氏に食い込むほど、都内の再開発案件に関わる可能性が高まるからです。かつて、猪瀬直樹氏が都知事に当選した時、花束を持って走り回っていたのは、さる広告コンサルタントの副社長でした。社長は神奈川新聞OBですが、狙いは東京オリンピックのPR活動だったことは言うまでもありません」

 では「反石川派」たる自民党サイドこそ正義の味方かといえば、もちろんそんなことはない。というより、今回の千代田区長選では自民党らしからぬお粗末さが目立つ。

「選挙前から、破綻したアーバンコーポレーションによる、紀尾井町の再開発計画をめぐる石川区長の疑惑追及をマスコミに売り込もうと必死だったようです」(関係者)

 ちなみに、この件に関しては、弊誌は既に記事化している。

『【連載】『哀しき総会屋・小池隆一』第12回「麹町五丁目計画の暗部」』
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000370/#more-3075

 だからこそ弊誌は断言するが、このネタを一般紙やテレビがストレートニュースとして報じられるわけがない。いわゆる「記者クラブ加盟社」は警察や検察が事件化してからスタートするのが基本だからだ。

 結局のところ、石原慎太郎も猪瀬直樹も、内田茂も小池百合子も、基本的には自民党と、その周辺で生きてきたのだ。自民党、特に「保守本流」からの距離は、それぞれによって異なるが、同質性は高い。

 そんな政治家が、敵味方に分かれて戦うわけだ。構図が複雑化するのは当然だと言える。だが「同じ穴の狢」によるバトルであることは間違いなく、要するに内ゲバなのだ。

 かつての同士が刃を交える。文字面だけを見れば悲劇性も感じるが、今回は単なる喜劇だろう。被害者が存在するとすれば、こんな茶番に付き合わされる千代田区民に違いない。

(無料記事・了)

2017年1月26日

【無料記事】千代田区長選「自民惨敗」で「自民都議」大量脱走

2017-01-26 15.30.13

 小池劇場の加速が止まらない──。

 1月23日、小池百合子東京都知事の政治塾を運営する「都民ファーストの会」が地域政党として活動を開始。今夏の都議選にまず4人を公認することとした。

 今後、小池サイドが候補者を続々と擁立していくことが可能なら、都議選は「ドン内田茂率いる自民党VS小池」となっていくのは必至。その前哨戦と位置付けられているのが、ご存じの通り、29日に告示される千代田区長選だ。

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【写真】五十嵐朝青氏サイトより
http://asaoigarashi.com/
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 22日には、小池知事が現職の石川雅己・千代田区長の決起集会に参加した。

「この戦いを勝ち抜くことが、東京大改革を進める一歩になる」

 そう高らかに宣言し、準備は万端だ。石川陣営の関係者も興奮を隠せないようだ。

「すでに、小池さんとのツーショットポスターを貼っています。次の当選で5選なので、多選批判も出るかもしれませんが、それを凌駕する人気が小池さんにはありますからね」

 一方、頭を抱えるのが自民党東京都連だ。都連関係者が言う。

「内田さんが擁立しようした中央大学の佐々木信夫教授に出馬を断られました。結果的に、与謝野馨元財務相のおい、信氏を擁立することになったわけです。しかし、実のところ当初は楽観論もあったのです。というのも、石川区長は多選批判を受けるだろうし、彼は41歳と若い。それなりの票をとれると思ったのですが……」

 誤算だったのは、第三の男が立候補を表明したからだという。

「元コンサルタント会社の五十嵐朝青候補ですよ。彼も同じ41歳。しかも、信さんよりもイケメンなんです。お互い票を食い合うことになるでしょう。しかも、公明党が今回は支援してくれませんからね」

 そうなのだ。今回の区長選で公明党はダンマリを決め込んでいる。公明党関係者が重い口を開く。

「都議会でも連立を解消しましたからね。ただ、理由はそれだけではないんですよ。実は昨年末、うちの党が情勢調査を行ったのです。すると、現職区長が2万に対し、自民党候補は5000という結果でした。『夕刊フジ』が同じ数字を「某政党の調査」と書いていましたが、あれはウチですよ。当時は、まだ与謝野信氏の擁立は決まっていませんでしたが、こんな数字が出れば、誰であっても支援できるはずがありません。早々と撤退したというわけですよ。もちろん、国政では連立を組んでいますが、公明党本部も都連が言うことを聞かなくて、困っているのです」

 今回の区長選でも、孤立を深めたドン内田都議の自民党は惨敗──との見方が優勢になっている。ではその結果何が起きるのか。都政担当記者が言う。

「完敗となれば、内田さんの求心力はますます低下します。すでに3人の都議が会派を離脱。中央区選出の立石晴康都議も自民党を離れようとしています。おそらく、大量離脱のタイミングは、来年度予算が決まる3月より前。予算決定の際には、会派として賛成か反対かを表明せねばなりません。都議団の意思表示を迫られるわけですから、会派にいたくない人はその前に脱藩するということになる。空中分解ですよ。そのきっかけになるのが千代田区長選の結果でしょうね」

 人口に膾炙している諺に「沈む船から逃げること鼠の如し」がある。政治家は「所詮、落ちれば唯の人」には違いない。当選するためには手段は選ばないのが普通だとは言える。

 とは言うものの、都議としての見識もネズミレベルとなると、かなり困ったことになる。更に「合従連衡」や「野合」は相当数の有権者が嫌いだということも、関係者は肝に命じるべきだろう。

(無料記事・了)

2017年1月23日

千代田区長選で「石川雅己区長」の「黒い人脈」再噴出

tiyoda2017-01-22 21.08.08

 弊誌はジャーナリストの田中広美氏の『哀しき総会屋・小池隆一』を連載している。

 小池隆一氏といえば、あの「総会屋利益供与事件」(1997年)の主役である。野村証券、第一勧業銀行という一流企業から引き出したカネは「100億以上」とも「270億円」とも言われる。

 そして田中氏の連載は、都庁・都議会の〝闇〟にも焦点を合わせている。興味のある方は、ぜひ第1回を拝読頂きたい。

『【初回完全無料】『哀しき総会屋・小池隆一』第1回「漂着」』
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000232/

 この連載で、石川雅己区長も既に登場している。そのため弊誌は千代田区長選が近付いてきたため、田中氏に特別原稿を依頼した。田中氏の厚い取材から紡がれる「千代田区長選の真相」は、多くの人が驚くに違いない。

 マスコミの小池VS内田という図式が馬鹿らしく思えるほど、様々な魑魅魍魎が跋扈しており、千代田区長も全くの「ブラック政治家」なのだから。

■田中広美氏・特別原稿

 小池百合子・東京都知事VS自民党守旧派の代理戦争となっている千代田区長選。だが都知事にとって、現職の石川雅己・区長との〝共闘〟は本意ではなく、実は頭を痛めている。

 石川区長は2017年1月8日、5選を目指して無所属で立候補することと、小池知事の支援を受けることを明らかにした。

 自ら都庁へ出向き、小池知事の応援を取りつけたと言い、知事との2ショットが映るポスターを持参。知事について「応援のアクションを期待しているし、多分、応援してもらえると思う」とアピールした。

 だが、前々回まで支援を受けていた内田茂・都議について記者団が問うと、その口は相当に重かった。「内田氏と議論したことはないが、既成概念、既得権という意味で楔を打たれるのは嫌なのかも分かりません」と全面的な批判は差し控えた。

 こうしてマスコミが「代理戦争」と夢中で報じるわけだが、石川区長も決してクリーンな政治家ではない。都庁担当記者は知って無視したか、あるいは本当に把握できなかったのか、2016年の都知事選に前後して、千代田区庁舎(東京都千代田区九段南)に右翼が街宣をかけたことは全く報じられていない。

 右翼がやり玉に挙げたのは、石川区長の「黒い人脈」だ。
■――――――――――――――――――――
【筆者】田中広美(ジャーナリスト)
【記事の文字数】2700字
【写真】千代田区公式サイト『2月5日は千代田区長選挙の投票日です』より
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kurashi/senkyo/kucho/tohyobi.html
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2016年12月13日

2017年都議選で「小池百合子」の放つ「自民党」刺客

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「(塾生の)かなり多くの方が立候補に意欲を燃やしている。選挙戦術などについて、懇切丁寧にサポートしたい」

 先日行われた政治塾「希望の塾」の第3回講義終了後、小池百合子東京都知事は来年7月の都議選に候補者を擁立する考えを初めて明らかにした。

 果たして小池新党結成はあり得るのか、都議選に向けてどのような戦略を持っているのか。取材をすると具体的なある〝数字〟を聞き出すことができた。

■――――――――――――――――――――
【記事の文字数】
【写真】「希望の塾」公式サイトより
(https://koikejyuku.tokyo/)
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2016年12月8日

【完全無料記事】王氏「五輪委」理事就任は「小池VS森」第2幕

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 現在のところ、2020年東京オリンピックに関する最大の関心事は、小池百合子・東京都知事(64)と、五輪組織委員会会長・森喜朗元首相(79)の〝暗闘〟だと断言していいだろう。

 そんな中、ひっそりと(?)プロ野球ソフトバンク・王貞治会長(76)を新理事として迎え入れる人事が発表された。追加種目に決まった野球やソフトボールなど5競技の代表として運営に携わる。

 全くサプライズのかけらもない、日本人なら誰もが「そうなんだろうね」と頷くニュースのはずだ。だが事情に詳しい関係者たちは、こぞって「これこそ、小池VS森の新たな局面入りを示すものですよ」と読み解くのだ。

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【写真】『東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会』公式サイトより、大会エンブレムを発表した王貞治氏(左)
https://tokyo2020.jp/jp/news/notice/20160427-02.html
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 何しろ小池知事には、いまだに世論の絶大を受けている。その勢いに乗じて、東京都議会の「ドン」こと内田茂・自民党都議(77)と、森元首相への追及を強めていた。2人の密接な関係は、これまで報道された通りだ。

 失敗に終わったが、ボートなどの会場見直し問題を提起したのも、究極の狙いは森=内田ラインに対する攻撃だったのだ。成功すれば世論の喝采が「政治的功績」を演出し、小池知事の政治的影響力は今以上にアップしただろう。つまり「女性初の首相」を求める声が強まるということだ。

 ところが一方の森元首相も、さすがの古狸だ。いつまでもやられっぱなしのはずもない。得意の「政治的嗅覚」で対抗策を打ってきた。それこそが王氏の組織委招聘だというのである。

 先に見た王氏の「野球などを代表してもらう」との招聘理由に異議を唱える日本人は皆無に違いない。また王氏はエンブレム委員会の委員にも就任しており、既に2020東京五輪に関与した〝実積〟もある。理事に就任しても唐突な印象はゼロだ。

 だが、そんなことが目的で、この人事が行われたのではないのだという。さる自民党関係者が「これは『二階対策』なんですよ」明かす。

「王さんと関係が深い政治家といえば、二階俊博幹事長です。二階さんは王さんが当時の福岡ダイエーホークスの監督に就任したころから親交を結び、王さんが理事長に就く一般社団法人『世界少年野球推進財団』の設立にも協力しています。二階さんの事務所には王さんのサインボールやツーショットの写真が飾られていますし、二階さんが海外の要人と会談するときには、王さんのサインボールをお土産にしているほどです。こうなると2人の関係は親交というより深交と呼ぶべきでしょうね」

 二階幹事長は先の都知事選で、自民党都連が推した増田寛也元総務相(64)を支持せず、裏で小池氏支持に回った。増田氏を応援していた特別区長会でも、会長で、衆院議員時代は二階氏の「子分」で知られた西川太一郎・荒川区長(74)も小池氏支持に回った。

 更に都知事選に立候補し、森氏らの辞任を公約に掲げた山口敏夫元労相(76)が、村上正邦元労相(84)や亀井静香元金融相(80)と共に「二階幹事長支持」を表明、接近を図っている。山口氏らの狙いは「二階さんを通じた森おろし」(永田町関係者)だという。

 森元首相に対する「二階包囲網」が着々と構築されつつあり、だからこそ森元首相は王氏を必要としたのだという。

「森さんは、王さんを〝人質〟に取ったんですよ。王さんを通じて、二階さんを自陣に引き込もうとしているわけです。これが成功して、一定の関係を構築できれば、二階さんに『小池封じ』で一役買ってほしいとも考えているのではないでしょうか」(前出の自民党関係者)

 敵の親友を自陣に引き入れるというのは、なかなかの奇策と言えるかどうか。しかしながら、王氏の就任は森元首相にとって「諸刃の剣」との見方もある。

「二階さんからすると、王さんを通じて組織委に手を突っ込んで、かき回すことができるようになったわけですからね」(前出の永田町関係者)

 元首相と現職の幹事長が、「世界の王」を自分サイドに引き入れようと、綱引きをしている図というわけだ。

 滑稽と笑うか、政治とはそういうものだと頷くかは人それぞれだろう。いずれにしても、東京五輪の成功とは無縁の動きであることは間違いない。

(完全無料記事・了)

2016年11月16日

【検証・小池劇場⑤】知事と若狭勝議員の「隠微な対立」〈下〉

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(承前)この前川燿男・練馬区長を「内田の心安き先兵」と評する声もある。もちろん「内田」とは〝都議会のドン〟たる内田茂都議を指す。〝小池知事の忠臣〟だったはずの若狭勝・衆院議員(東京10区)に白旗を掲げさせた前川区長とは、いかなる人物なのだろうか。
 前川区長は1945年11月12日生まれ。鹿児島県立甲南高校から東大法学部に進学し、71年に東京都庁に入庁。副都心開発部長などを経て、99年に石原慎太郎氏が知事に初当選すると2000年に福祉局長へ就任する。
 02年に知事本局長となり、誰もが副知事コースの王道を歩んでいると見た。だが、その後は石原知事と、いや、正確には浜渦武生・副知事と半ば反目する形で都庁を辞職する。
 後に前川区長は、この騒動を勲章よろしく改革派を自称する〝証拠〟と喧伝し、それに賛同する向きも少なくなかったという。いずれにせよ当時の石原知事に〝下放〟されたにもかかわらず練馬区長に返り咲いたのだから、よほどの傑物なのだろうか。
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【購読記事の文字数】4800字
【写真】若狭勝議員のFacebook10月26日記事より
https://www.facebook.com/masaru.wakasa.9
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2016年11月15日

【検証・小池劇場④】知事と若狭勝議員の「隠微な対立」〈上〉

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 小池百合子・都知事が強気な理由に「新党カード」がある。もし知事が全面戦争に踏み切れば、自民党は苦戦を強いられる。だが、両サイド共に和平指向も本音としてあり、微妙な均衡が成り立つ。かくして今日も「小池劇場」は大入り満員というわけだ。
 ところが最近、知事選で真っ先に支持を表明した「偉大なる忠臣」たる若狭勝・衆院議員(東京10区)と小池知事の2人が、非常に微妙な関係なのだという。どうも安定性を欠いているらしい。都政担当記者が明かす。
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【購読記事の文字数】4000字
【写真】若狭勝議員Facebook「10月21日記事」より。右は三原じゅん子参院議員(神奈川県選挙区)
https://www.facebook.com/wakasamasaru/
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2016年10月4日

【『内田茂〝院政〟の研究』㊦】〝神通力〟の原点

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 都議会のドン・内田茂には様々な武勇伝があるが、対外的な存在感を示した〝原点〟の1つに、都議会の自民分裂騒動時の行動がある。1998年7月、都議会の自民党会派が『都議会自民党』と『自民党東京』に分裂したのだ。前者が内田派であり、後者が反内田派。この分裂は中央政界にも影響を与えた。
 98年7月といえば、12日の参院選で自民党が大敗。結果、橋本龍太郎内閣は総辞職。自民党総裁選には小渕恵三、梶山静六、小泉純一郎の3人が争って小渕が勝利した。
 そして30日に小渕内閣を発足させたものの、与野党逆転の参院では民主党代表の菅直人が首班指名されるなど、自民党は極めて厳しい政局運営に直面していた。
 中央政界の激変と呼応するように、内田派=都議会自民党は、小沢一郎が幅を利かせていた経世会と良好な関係を持ち、一方の自民党東京は、自民党幹事長として力を付ける加藤紘一との関係を深めることとなった。短期集中連載『内田茂〝院政〟の研究』最終回にあたる「㊦」では、この激動期に内田茂が挑んだ〝デビュー戦〟について見てみたい。

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【購読記事の文字数】2627字
【写真】東京都議会自由民主党公式サイト「所属議員」より「内田茂」
http://www.togikai-jimin.jimusho.jp/member/uchida.html
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