2017年3月7日

【無料記事】「安倍政権ブレーンの横顔」苦労人「谷内正太郎」

taniuchi2017-03-03 16.25.40

 少なくとも見える成果は皆無となった、2016年末の日ロ首脳会談。だが会議が終了した直後、安倍晋三に食い込み、今やべったりの関係を構築したNHKによる特集番組に、私の目は釘付けになった。

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【筆者】下赤坂三郎
【写真】内閣官房公式サイト「幹部紹介」より
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/kanbu/2013/yachi_shoutarou.html
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 もとより成果のなかった会談だ。いくら裏話を掘り出しても、それほど面白いわけではない。独占密着を果たしたNHKが気の毒に思えるほどだったが、首相本人が登場するインタビューに、ある人物が画面に映った瞬間、全てが納得できた。

 安倍が私邸の敷居をまたがせる「もう1人のアッキー」こと、岩田明子・NHK解説委員らしいロングの黒髪が映りこんでいたのだ。

 やはり安倍は、2人のアッキーに護られているのだと──〝本家〟アッキーは最近、「アッキード事件」で夫の足を引っ張ってはいるが──つくづく納得させられた画面ではあった。

 それはともかく、前後して登場したプーチンを待つ間、安倍を囲む側近だけの極秘会議の場面は、文字通り刮目に値した。

 テーブルに就いていたのは、元外務事務次官の谷内正太郎だったのだ。

 私は1月4日、山内昌之氏を取り上げた。
『【無料記事】「安倍政権ブレーンの横顔」ルサンチマンの「山内昌之」』
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000419/

 谷内は山内昌之とも近しい、内閣安全保障局長である。もとより、山内を安全保障局の顧問に招いた当人の1人が谷内であるのだから当然であろう。

 だが、当の外務省プロパーからすれば、この谷内という存在はいささか特異なものに映るようだ。

 安倍外交のまさにブレーン中のブレーンとなった谷内だが、外務省OBや現場からの視線には冷ややかなものも少なくない。なぜか──。

 谷内は、大使を経ることなく次官に上り詰めた異質の外務官僚だからである。

 谷内が安倍とべったりとなったそもそものきっかけは、小泉政権において安倍が官房長官に抜擢された時期に遡る。その意味で、現在、側近中の側近といわれる経産省出身の今井尚哉は安倍の第1次政権以降の人材であるのに対して、その付き合いは古い。

 安倍のタカ派外交で理論的側面を支えてきたのが、この谷内だ。大使を経ていないからといって、それが外交官としての手腕、外交政策の視点に決定的な影響を及ぼすとは言い切れない。

 しかし、外交現場の矢面に立つのが各国における大使だとすれば、それを経験していない谷内は、いかにも理論先行で、パワーポリティックスを肌で身をもって知らないということにはなる。

「外交は実は理論ではなく、経験が決定的でもあり、とりわけ痛い経験の蓄積こそが大事」とも言われるぐらいだ。

 一気に上り詰めてきた安倍の思想信条に共鳴するまま、やはり次官に上り詰め、最終的に外務省の外の外務省という中途半端な安全保障局長に収まった谷内に対して、外務省内から冷ややかな視線が浴びせられるのは、こんな背景がある。さる外交官が打ち明ける。

「安倍にしてみれば、安全保障局に元外務次官の谷内を迎えることで、外務省も抱き込んだつもりかもしれないが、外務省は伝統的に、全省あげて、ということはない。欧州亜のそれぞれのスクールに分かれて、それこそ戦前の海軍陸軍並みの強烈な競争と派閥争いを繰り広げている。どこの大使も経ていない谷内が外交の現場をわかっているなどという者は外務省にはいない」

 その谷内は富山県出身で石川県金沢育ちと伝えられているが、血筋のいい外務省のなかでは、珍しい叩きあげの部類である。

 そもそも、富山から能登にかけて点在する「谷内=やち」姓の源流は、富山・南砺地方の山中奥地を源流とする一帯がひとつの発祥とするとみられている。

 最源流は世界遺産ともなっている、おわら風の盆でも知られる五箇山界隈であり、かつて加賀藩時代は、いわゆる政治犯、思想犯の流刑地であった。谷内姓はここを源流に、山をくだり、能登の先まで向かう途中で「牛谷内=うちやち」などと時と場所と職業に応じて姓のバラエティーを変化させていった。

 とりわけ富山から金沢にかけてくだった谷内姓の多くは、戦後のダム事業によって水没集落となった者たちによる集団移転や就職事情を背景とするものが多い。彼らのうち、優秀な者は石川県の金大附属や富山高校を経て上京し、外務省へと入省するが、ここで北陸閥は外務省内においても一大勢力を築いてきた。

 谷内という一族がまとった歴史的な水脈を辿れば、立身出世意識の極めて強い裏日本・北陸のさらに傍流としての苦難の道が見えてくる。

 たたき上げのなかのたたき上げ、そんな風景も見えてこよう。ならばこそ、一度つかんだ椅子は決して手放さず、権力への渇望と飽くなき執着は納得もできる。

 血筋のいい外務官僚らが大使の椅子に座るも、決して泥臭い次官レースに躍起にならないのに対して、安倍という上昇権力を握った谷内が、決してそれを手放さなかったのは、安倍の側の事情をおいても、理解はできる。

 安倍外交の枢要でありながら、そんな谷内の「外交観」はほとんど不明であるのも政権の最大の謎のひとつである。

 次官時代の谷内は、外交よりもむしろ、国内の情報操作に長けていた一面がある。外務省の記者クラブ「霞クラブ」に所属していた放送関係の記者が明かす。

「次官時代の谷内さんは新聞だけでなく、雑誌の編集長クラスともこまめに会食していましたよ。だから安倍さんが彼を重用したのは、外交上の情報収集力や分析力というよりも、国内向けの目配せのうまさであったのかもしれないなと思いましたね。局面に応じたひとたらしのうまさでいけば、それこそ電通や博報堂の人間並みにうまいです。ただ、あくまでもそれは国内向け、日本人向けですからね。外交の現場で通用するかどうかは、当の外務省の部下たちにも正直、わからなかったというところでしょう。なにしろ、谷内外交そのものには、実績がなかったというの現実ですから。どちらかといえば、旧内務官僚型であり、外交官というにおいはあまり強く感じなかったぐらいです」

 安倍外交のプレーヤーは、もちろん安倍晋三本人だ。父・安倍晋太郎は中曽根政権で外相を4期務めている。その姿を意識している側面があるはずだが、なぜか多くのメディアは安倍外交のシナリオを描く谷内に焦点を合わせようとしない。まるでブラックボックスだと諦めているようなのだ。

 メディアの〝弱腰〟を見ると、放送記者氏の述懐が更に重く響いてくる。次官時代に繰り広げた、旧内務官僚ばりの「記者たらし=マスコミ統治」が好を奏しているのかもしれない。

(無料記事・了)

2017年3月6日

【無料記事】熱海と「岸信介別邸」での「日本密室政治」秘話

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 2007年、静岡県熱海市梅園町で、さる料理屋が人知れず暖簾を下ろした。贔屓客には、脚本家の橋田壽賀子や、梅宮辰夫・アンナ父娘など、舌の肥えた有名人も名を連ねていた。

 今日、料理屋の閉店など珍しくも何ともない。実際に大した話題にもならなかったわけだが、この料理屋はかつて〝昭和の妖怪〟岸信介の別邸だったと明かせば、興味を持つ方もあるだろうか。

 因縁話ではある。07年といえば、9月に岸の孫たる安倍晋三首相が突然の辞任を発表した時だ。国民の多くが唖然、憮然とする中、12月に岸の別邸と謳っていた料理屋が店を閉じたことになる。

 だが「岸の孫」たる安倍晋三は12年、総理の座に返り咲く。一方、岸の別邸は彷徨を余儀なくされている。

 熱海の岸別邸。そこは実に興味深いエピソードを纏った、戦後政治の鬼門とさえ呼べる場所だ。しかしながら現在まで、安倍総理が別邸を訪れた形跡はないという。

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【写真】静岡県御殿場市の「東山旧岸邸」は一般に公開されている
https://www.kyu-kishitei.jp/
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 旧熱海市若林が、現在の梅園町だ。地名の通り熱海梅園に近く、眺望も抜群。別荘地の中の別荘地といえる。そこに岸信介は1600㎡に及ぶ敷地を持ち、屋敷を構えていた。

 岸は当時、東京都渋谷区南平台で「うなぎの巣」と呼ばれた細長く奥へと延びる邸宅に住み、首相私邸としていた。それはちょうど道玄坂を上がり、現在の国道246号線に面した養命酒ビルの裏手にあった。

 その南平台の邸宅とともに、熱海のほうを別邸とし、ときに財界人や旧知の政治家を招いては鳩首会談よろしく政治談議に花を咲かせていたのだ。その熱海別邸で、戦後政治の密談史に名を残す事件が起きた。

 安保条約の改定に政治生命を賭ける岸が、絶体絶命の状況にあったときのこと。

「やがて警職法の審議が国会で行きづまり、安保条約改定の時期尚早論も出て、岸政権は危機に瀕し、岸信介は三十四年一月二十四日に総裁公選をくりあげておこなうのだが、このとき熱海会談というのがあった。同年の一月早々に、岸は反対勢力の領袖である大野伴睦、河野一郎の両実力者を別荘に招き、岸政権への協力を依頼する」(岩川隆『巨魁 岸信介研究』ちくま文庫)

 警職法の改正は、岸が安保改定とともに進めていた、内閣の2大課題の1つだった。

 つまり政局は次のような次第だった。安保条約の改定という最大の政治課題に向け、行き詰まった状況を打開するために岸が熱海の別荘に有力者を集めた。

 そして、総理のイスを大野に〝禅譲〟することと引き換えに、安保改定への協力を取りつけたのだ。

「『自分のあとの総裁は、ぜひあなたに』と暗示しつつ頼むと、大野は、『佐藤栄作くんさえ、今後の言動に気をつけてくれれば……』と淡泊にこたえたという。」(『巨魁』)

 しかし岸は結局、この約束を反故にし、大野は総理の座に着くことなく世を去り、その政治生命を終える。

 ところで、熱海会談のこの逸話には、単なる昔話には留まらない意味があった。安倍総理は43歳のとき、こんなことを書き記している。

「例えば、安保を成立させるために大野伴睦さんを説得した。その中で、大野さんに次の政権を渡す念書を書き、大野さんを騙したと世間的にはいわれていました。そこで、その念書の件は本当なんですかということを、ある時、私と祖父と私の伯父とで昼飯を食べている時に、伯父が聞いたんです」(安倍晋三・栗本慎一郎・衛藤晟一『「保守革命」宣言―アンチ・リベラルへの選択』現代書林)

「伯父」とは、おそらく岸の長男である岸信和を指す。熱海の別邸は岸の死後長く、この信和が所有していた。

 この信和の問いかけに、岸はこう応える。

「『あれは、確か書いたなあ』と祖父はいいました。……祖父は食べながらちょっと考えていた。そして、『あれを書かなければ、安保はどうなっただろうか』と言ったんです。」(前掲書)

 その岸の話を聞いた晋三は急転直下、それをみずからの政治信条に引き付け、こう結論付けたのだ。

「例えば、当時の大野派の協力が得られない。党内もうまく行かない。よって安保条約も成立しない。とすると、人間の普通の社会での道徳は完うできるけれども、政治家としての本来の使命は完うできないでしょう。だとすれば、日本の運命はどうなるのか。だから、政治家は『結果責任』をより厳しく問われなければならないのではないか、とその時私は漠然と感じたわけです。」(同)

 この本が出版されたのは96年のことだ。しかし、文中にある「結果責任」を放棄したかたちで、岸の孫が政権を投げたのが07年9月。まるでその後を追うかのように、熱海の岸別邸もまた幕を下したのだから、皮肉な符号といえた。

 岸はこの現代政治史に刻印される華麗なまでの寝技で安保改定を実現させ、歴史にその名を刻んだ。その舞台が熱海だったということも、更に興趣が尽きない。遡ること1881(明治14)年にも、熱海では国会の運命を決定付ける歴史的な会談が行われてもいた。

 伊藤博文、大隈重信、井上馨の3人が集結して国会開設について話しあった、元祖「熱海会議」である。

 ところが、国会設置という日本の歴史上最大のドラマにも関わらず、この熱海会議の記録は一切残っていない。

 もちろん、記録が残っていない会談がそもそもあったかといえるのか、という疑問がある。それは、1881年10月14日付けで福沢諭吉から出された伊藤博文と井上馨の両氏に宛てて送られた手紙にそれが記されているだけなのだ。

 先に岸別邸を「戦後政治の鬼門」と形容したが、それは熱海という土地にも当てはまる。日本の政治史上において、驚くほど節目節目の舞台となってきた。特に戦後における「密室政治」の本丸だったことを考えれば、熱海こそが我々有権者にとっての鬼門だったことになるわけだ。

 話を元に戻そう。先に見た岸信介・大野伴睦の熱海会談だが、その場には児玉誉志夫も同席していた。元毎日新聞記者の大森実は児玉との対談を行った際、この真相を問い詰めている。74年5月25日「事件の真相が聞きたい」という大森の問いかけに、児玉は応える。

「…大野さんが『約束が違う。岸はおれを第一番にするといったじゃないか』というから『それは先生悪いぞ、この条件ができたときは、大野と河野が両輪のようになって岸を守る、盛りたてるという約束じゃなかったか。それを大野先生、あなたがコトを急いで、岸が最後の断末魔のとき、入閣してくれというのに、あなたは入閣されなかったじゃないか』と。…『岸内閣をつぶしたのはあなただ、はっきりいえば。だから、これはあなたがいう権利がないんだ。』」(大森実『戦後秘史』シリーズ・講談社)

 今となっては証言者のないこの権謀術数の宴に〝立ち会った〟のが、熱海市梅園町の旧岸邸だった。

 料理屋として使われている間も、居間に加えて寝室も当時のまま。熱海の急峻な斜面に建つその広大な庭からは、空気の澄んだ冬の朝、正面には熱海湾に浮ぶ初島が望め、右手には熱海城が間近に迫る。そんな景色を眼下に、魑魅魍魎たちが繰り広げた政の舞台がまた1つ、姿を消そうとしている。

 残念ながら「場所が梅園のそばなので、買い取るという可能性もゼロではないが、今のところは買い上げる予定はない」(熱海市緑農水課)とか。
 
(無料記事・了)

2017年1月4日

【無料記事】「安倍政権ブレーンの横顔」ルサンチマンの「山内昌之」

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 あまりに密やかで、全く目立たないが、第2次安倍政権でにわかに存在感を増している、1人の男がいる。

 歴史学者の山内昌之氏だ。メディアは2016年、「東大名誉教授」と「明治大学特任教授」の肩書を使った。

 東大退官は2012年。それから政権中枢への食い込みは、〝御用学者〟などというレベルを越えた。政財界どころか、日本内外でも、他に追随する人物はいない。

「スパークリングワインで」──。

 山内氏と打ち合わせを希望する者には必ず、こう言われるのだという。仕事となれば、まずは腹にワインを流し込むわけだ。
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【筆者】下赤坂三郎
【写真】山内昌之氏公式サイトより
http://yamauchi-masayuki.jp/
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 言わずと知れた、国際関係史の研究者。特に中東・イスラム地域研究の専門家だ。その博覧強記はあまりに有名だが、それだけではない。学究肌には珍しく、実地での見聞も加味され、だからこそ言説は非常に強い説得力を纏う。

 ところで山内氏の自宅はどこに所在するか、ご存じだろうか。

 学者といっても、紋切り型のイメージと現実は異なり、例えば田園調布や鎌倉に住む者は少ない。大半の住所は府中、三鷹、吉祥寺といったところで──我々、平凡な会社員と同じように──郊外の沿線から勤務先の大学へ通っている。

 それが山内氏の場合、何と赤坂8丁目だ。近くにはカンボジア大使館が建ち、赤坂5丁目のTBS本社も、六本木の東京ミッドタウンも指呼の間。いくら東大とはいえ、赤坂に居を構えている学者など見たことも聞いたこともない。

 一体全体、山内氏の懐具合は、どうなっているのだろうか。

 山内氏は現在、フジテレビ特別顧問と、三菱商事顧問に就いている。週に2日はフジテレビ、他の2日は三菱商事、そして残る1日は明治大学に出勤する。いやはや、「元東大教授」らしからぬ多忙で、華やかな印象の毎日だ。

 少なくとも三菱商事では、専用車も準備されている。自宅から出て颯爽と最新型クラウンの後部座席に乗り込む姿は、東大名誉教授というよりは、三菱商事アメリカ支社長と言ったほうがしっくりくる。

 そんな山内氏は1947年、国鉄労組の父親のもと、札幌市に生まれている。

 本人も北海道大学に進学してからは学生運動に身を投じた。所属はブントだという。絵に描いたような「団塊の世代」(1947〜49年生れ)と形容していいだろう。

 ご存じの通り、この時期に学生運動からの転向したグループは、社会に出ると一気に権力志向へ突き進むケースが少なくない。

 本来、東大教授の退官本流は、放送大学なのだ。私大への教授職が用意されても、放送大学教授を兼任するということもある。

 東大を退官してから、フジテレビと三菱商事の顧問室に直行した学者は、どう考えても山内氏が嚆矢に違いない。もとより東大時代から、メディア露出の好きな学者だとは思われていた。柔らかい語り口に加え、ビジネスマンのようなスマートさも兼ね備える。能力が桁違いなのは言うまでもない。だからこそのフジテレビ、三菱商事の招聘だったはずだ。

 そんな山内氏は意外なことに、ことあるごとに東大批判を繰り返す。その言説の中心は「東大には東大教授になりたい病(の人間が)多い」というものだ。教授になるまでは刻苦勉励を続けるが、その夢を果たした途端、何も勉強しなくなるのだという。

 しかしながら、ポストを得ると勉強しなくなるのは、日本全国の大学教授に当てはまる。別に東大に限った話ではなく、単なる一般論だ。山内氏の母校、北海道大学でも類例は掃いて捨てるほどあるだろう。

 山内氏の頭脳、見識を考えれば驚くほど、指摘に鋭さや深みに欠ける。

 東大内部にいたのだから、リアルな現状を語ってくれれば、それだけでいいのだ。なのに、そうした「内部告発性」にも乏しい。失礼を承知で言えば、新橋の居酒屋でエリート東大生を批判して悦に入る酔っ払いの戯言と大差ないのだ。

 いずれにしても、山内氏が東大に愛着を持っていないことだけは確かだろう。東大における「比較政治」の本流はやはり、94年に東大大学院・法学政治学研究科教授となり、13年に定年退職となった塩川伸明氏なのだ。

 塩川氏と異なり、山内氏は東大法学部に講座を持つことが叶わなかった。これだけで傍流が認定されてしまうわけだが、そうした〝本流〟の塩川氏と、〝傍流〟の山内氏は、東大で〝覇権〟を争った。ところが、この2人、相当に似た経歴の持主だということが、更に話をややこしくする。

 先に見たとおり山内氏は47年生まれで、一方の塩川氏は48年。塩川氏は都立日比谷高から東大に進学し、やはり山内氏と同じように学生運動に身を投じた。山内氏がブントだったのに対し、塩川氏は中核派だったという。

 山内氏がイスラム、塩川氏はロシア政治と、表向きの専門分野は異なる。だが、ロシアはイスラム系民族色の強い国、となると、この2人の因縁はより鮮明さを増す。山内氏もイスラムを通じてロシアを見ていたのだ。

 これほどの碩学が、同じ大学で覇を競い、結果として東大生え抜きの塩川氏が本講座を持ち、北大出身の〝外様〟である山内氏は〝疎外〟された──となれば、山内氏は様々な局面で鬱積したものを抱え込まざるを得なかっただろう。

 そして山内氏は傍流のまま、野に放たれた。まさか「在野の研究家」になるはずもなく、「野に遺賢なし」を自ら証明しようとしたのか、安倍政権の内部に深く食い込んだ。

 今や山内氏は安倍政権における安全保障分野の主要ブレーンと言っていい。肩書の1例としては、内閣国家安全保障局の顧問を務めている。また2016年9月には、特に注目されている「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のメンバーにも選ばれた。

 東大時代のルサンチマンを晴らすため、山内氏は安倍政権の枢要へ、どんどん突き進んでいくのである。

2016年10月24日

【無料記事】巨大化狙う「厚労省」の〝厚顔無恥〟

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 厚生労働省が組織膨張を図っている。安倍政権が雇用改革を重要政策として打ち出したのに伴い、雇用関連で新たな局の創設方針を表明したほか、医療関係で事務次官級のポスト新設も要求するなど、「露骨な勢力拡大」(関係者)を目指す動きが活発化している。
 社会保障で全権を握る厚労省には「権限が集中し過ぎている。省庁分割すべきではないのか」との意見も自民党内には存在する。実は厚労省幹部も、こうした意見は百も承知なのだという。政府関係者は「分割論に対抗するため、あえて組織拡大をぶつけてきたんだよ」と呆れ顔だ。

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【購読記事の文字数】1100字
【写真】厚労省『人口100人でみた日本』より
http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/16-3/dl/01.pdf
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2016年10月20日

日露首脳会談「官邸VS.外務省」と「元議員VS.閣僚」の〝明暗〟

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 2016年のフィナーレを飾る政治イベントとは言うまでもなく、12月15日に山口県で開かれる日露首脳会談である。北方領土問題が前進するのか否か。早くも官邸と外務省では鞘当てが始まっているというのだが、よく考えてみたら名前が出てこなければならない人が1人いるはずだ。ロシアといえば、あの「元」議員のはずなのに、なぜか取り残されている。
 一方、誰も期待していないのに北方領土問題にしゃしゃり出ている閣僚もいる。日露首脳会談を巡る官邸VS.外務省の実際と、2人の政治家の思惑をお伝えしよう。
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【購読記事の文字数】1100字
【写真】山口県長門市の公式サイトより
(https://www.city.nagato.yamaguchi.jp/site/20161215kaidan/)
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2016年10月12日

2017年1月「総選挙」決定は「安倍首相の〝レガシー〟」

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 永田町に「解散風」が吹き始めた。熊本地震で7月の衆参同日選挙を見送った安倍晋三首相だが、来年初旬に「解散・総選挙」に打って出るのではないかとの見方が強まっているのだ。
 しかし本当にこのタイミングでの解散はあるのだろうか。その現実味と時期について取材すると、年末に予定されている、ある大きなイベント結果が影響してくることが分かった。
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【購読記事の文字数】2500字
【写真】ロシア大統領府公式サイトより、プーチン大統領
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2016年9月14日

安倍政権だから「ご意向」を示した天皇陛下と、「本格議論」を避ける首相

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 視聴率12.1%──8月8日、天皇陛下のビデオメッセージを伝えたNHK総合「特設ニュース」の視聴率だ。前4週の平均視聴率は2.1%だというから、約6倍の視聴者がチャンネルを合わせたことになる。
 これだけでも陛下サイドが絶妙なタイミングを選んだことが分かる。皇室典範改正を実現するための周到な計画を立てて、安倍首相へボールを投げたのだ。しかし安倍首相は果たして、そのボールを受け取って投げ返し、キャッチボールを完成させるのだろうか。
〝菊のカーテン〟の内側で、天皇と首相が腹を探り合っている。これは異常事態と言っていい。一体、何が起きているのか。

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【購読記事の文字数】4300字
【写真】天皇陛下のビデオメッセージに見入る人々(撮影 産経新聞社)
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2016年9月12日

またも入閣できなかった「平沢勝栄」氏の「身体検査」大公開

hirasawa2016-09-12-16-21-12

 8月に組閣された第3次安倍・第2次改造内閣。初入閣を強く期待しながら、今回も見送られたのが平沢勝栄・衆院議員(71・東京17区)である。当選7回で、しかも安倍晋三首相の「元家庭教師」という〝アドバンテージ〟を持ちながらの敗退。だが、これまでも起用が見送られてきたのは、実は既に「身体検査」に引っかかっているからだという。

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【購読記事の文字数】1500字
【写真】平沢勝栄議員公式サイトより
http://hirasawa.net/
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2016年9月6日

リオ五輪終了で小池百合子VS.内田茂VS.安倍晋三のバトル再燃

KOIKE2016-09-06 16.02.13

 リオ五輪=一時休戦も終わり、遂に小池百合子・都知事VS.自民党東京都連の大バトルが再開される。ポイントは内田茂都議と、自民党本部のスタンスだ。小池、内田、自民党=安倍の3者が各々の事情を踏まえ、どんな駆け引きを水面下で行い、どんなケンカを特にメディアで売るのか、これが見物と言える。
 さて、この小池VS.内田VS.自民党の第1バトルだが、小池知事にとっては元の選挙区である衆院東京10区(豊島区や練馬区の一部)で行われる補欠選挙だ。候補者は誰になるのか。3者の駆け引きはエスカレートを始めている。

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【購読記事の文字数】2900字
【写真】小池百合子氏のTwitterより(7月31日)
https://twitter.com/ecoyuri
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2016年8月26日

【連載『三橋経済塾』実況中継②】GDPとは何なのか

keizaijyuku2016-08-26 15.17.36

「国民経済とマクロ経済について理解を深める」ため、経済評論家の三橋貴明氏が開いた私塾『三橋経済塾』。第2回は三橋氏の講義のうち、

1 クルーグマンも呆れたドイツの〝石頭〟ぶり
2 GDPとは何なのか、おさらい
3 回復しない消費性向
4 日銀「量的緩和」の限界
5 プライマリーバランス黒字化目標における財務省の狡猾

 を再録させて頂く。

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【購読記事の文字数】5800字
【写真】日本銀行が2013年4月4日に発表した「「量的・質的金融緩和」の導入について」
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