2017年1月17日

【無料記事】東京五輪「迷走」原因は「ポスト川淵」不在説

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 2020年東京オリンピック・パラリンピックの会場見直し問題は、小池百合子・都知事が「見直す」とした3会場は全て当初計画に戻り、決着を迎えた。

 見直しを検討することで、コストカットが進んだと擁護する声もあるが、「大山鳴動して鼠一匹」の徒労感は大きい。五輪組織委員会の森喜朗会長が「時間はかかりましたが……(知事の)学習期間だったのかな」と当て擦る一幕もあった。

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【写真】川淵三郎氏公式Twitterより
https://twitter.com/_kawabuchi
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 騒動に直面してきた関係者は、こう言って溜息をつく。

「非常に情けないことに、本来なら五輪の主役であるべきスポーツ界は、一連の騒動で完全に蚊帳の外に置かれました。招致時には団結したように見えていましたが、いざとなるとからきし力がないことを見事に露呈しましたね」

 最終決定機関として「4者協議」の場が設けられたが、都知事、組織委、国、IOC(国際オリンピック委員会)が構成メンバー。本来であれば、日本スポーツ界の総本山たるJOC(日本オリンピック委員会)も入らなければならないはずなのだが、遂にお呼びはかからなかった。

 カウンターパートであるはずの丸川珠代・五輪相もお飾りに過ぎず、何ら影響力がない。そもそも報道に価する発言すらないのだ。その結果──。

「小池知事が突っ張りながら突っ走り、森会長がいちゃもんをつけ、周囲は白ける、という場面の繰返しでした」(前出の関係者)

 別の関係者は、バレーボール会場となる有明アリーナをめぐって、以下のようなやりとりがあった、と明かす。

 元サッカー協会会長で、国内プロスポーツリーグの集合体である『日本トップリーグ連携機構』の会長も務める川淵三郎氏が、バレーボール協会の木村憲治会長に「五輪後もスタンドを満員にしてみせる、と表明しろ」と迫ったが、ミュンヘン五輪の松平一家で金メダリストの木村会長は、これに返事もできなかった、というのだ。

「競技団体であっても、これくらいの当事者意識しかないわけですよ。小池知事が大会後の施設維持に不安になったとしても、無理はないでしょう。見かねた川淵さんが、前会長として影響下にあるバスケットやフットサル、卓球などの他団体も巻き込み、音楽業界にも相談して『日本のマディソンスクエアガーデン構想』をぶち上げ、小池知事はこれを『有明レガシー・エリア』と命名を変えて乗っかりましたが、何もかもが後手後手になってしまいましたね」(別の関係者)

 要するに、こうした構想こそ、組織委が責任を持って取りまとめ、発表すべきであることは言うまでもない。川淵氏も既に80歳。なのに同氏に代わるリーダーがいないことも、東京オリンピックが迷走している一因だろう。

(無料記事・了)

2017年1月11日

【無料記事】ロマンポルノ「大スター」中川梨絵の「早すぎる死」

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 日活ロマンポルノが生誕45周年を迎え、『日活ロマンポルノ・リブート・プロジェクト』と銘打って新作が制作されるなど、話題を呼んでいる。

 1971年から88年までの17年間に1100本あまりの作品が製作された日活ロマンポルノは、今や日本映画史に伝説的なページを記す特異なジャンルのひとつともいわれる。

 今回のリブート・プロジェクトは、行定勲、塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫ら近年注目される若手監督たちに、ロマンポルノへ挑戦させる刺激的な試みで、次々に意欲的な作品が公開されている。

 だが2016年、初期日活ロマンポルノの大スターが亡くなったことは、あまり顧みられていない。偶然というには偶然過ぎるその復活と死の符号に、女優の足跡を想わずにはいられない。女優の名は、中川梨絵──。
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【筆者】鈴木義昭(映画ライター) 
【写真】DMM R18動画『恋人たちは濡れた』より
http://www.dmm.co.jp/digital/nikkatsu/-/detail/=/cid=141nkt052/
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 中川梨絵と聞いて、初期ロマンポルノの衝撃的な作品群を想い出すのは、今や初老の域に達しようとする男性ファンたちだろうか。

 何ものにも束縛されない芯の強い女、弱さのなかにしなやかでしたたかな女の性を感じさせる女、中川梨絵がロマンポルノで演じたのは、新しい時代の女の生き方だったのかもしれない。

 日活ロマンポルノ第1弾『団地妻・昼下りの情事』(71年公開)は、いわゆるピンク映画から抜擢された白川和子が主演した。

 白川和子の活躍は、映画の斜陽から倒産寸前の危機だった日活映画を救った。白川に続けと、若く脱ぐことを厭わない女優、撮影所では陽の当たらなかった女優、新しい映画の可能性に賭けた女優たちが、次々に眩しいばかりの裸体をスクリーンに花ひらかせたのが、日活ロマンポルノという映画ジャンルでもある。

『恋の狩人』(72年)など出演作品が警視庁に猥褻容疑で摘発され「警視庁のアイドル」といわれた田中真理。

 セーラー服姿が初々しい『女高生レポート・夕子の白い胸』(71年)などの清純派・片桐夕子。

 時代劇ポルノ『色暦大奥秘話』(同年)などで人気の出た小川節子。

 新劇から飛び込み『一条さゆり・濡れた欲情』(72年)などの演技で各界から賞賛された伊佐山ひろ子など、多くのロマンポルノ・スターが輩出された。

 中川梨絵も、そんな初期ロマンポルノのトップスターだが、誰よりも演技力と存在感が際立ち、注目された。東映や松竹の一般作品にも進出、その大きな可能性が期待された女優だった。

 中川梨絵の代表作のひとつ『恋人たちは濡れた』(72年)は先日、イタリアのロカルノ映画祭で上映。内外で作品の芸術性が再認識され、ロマンポルノ復活への道を開いた。

 ロマンポルノの巨匠・神代辰巳が監督した『恋人たちは濡れた』は、どことも知れぬ海辺の町を舞台に行き場を失った若者の姿を描き、シラケ時代といわれた70年代初頭の若者たちに共感を呼んだ。

 故郷であるはずの町に暮らしながら「この町は初めてだよ」とうそぶく青年は、いつもおどけながら映画館のフィルム運びをやっている。ある日、青年は自分と同じ心象を持つ中川梨絵演じるヒロインの洋子と出会う……。性と生が交錯する官能的な時間が切り取られた作品だった。
 
 寝た客が3人続けて死んだことから付いた呼び名は「死神おせん」。中川梨絵が演じたおせんは、地獄の底のような江戸の女郎屋で暗闇の中の一筋の光のように生きているヒロインで、清々しく可憐だった。

『㊙女郎責め地獄』(73年)は、日活ロマンポルノを代表する映像詩人だった田中登監督の代表作だが、巧みな構成力と重厚な美の世界の核心に、愛くるしい美しさで中川梨絵が立っていた。文芸的な香りの漂う人形振りの場面では、彼女が子役時代から習い覚えた日本舞踊が活かされた。

 日活ロマンポルノのデビュー作品、藤井克彦監督の『OL日記 牝猫の匂い』(72年)では、公開直後に作品が警視庁に猥褻容疑で摘発された。彼女は、警視庁からの事情聴取にも堂々と応じ、気丈ぶりを発揮している。

 出演作を観た他社からスカウトされ、東映やくざ映画『実録飛車角・狼どもの仁義』(74年)では菅原文太の相手役を、独立プロのATG映画『竜馬暗殺』(同年)では原田芳雄の相手役を務めている。ポルノ映画に留まらない活躍の可能性を見せ、同年には松竹『喜劇・女の泣きどころ』で太地喜和子と共演、陽気なストリッパー役を好演した。

 以後、大きな期待を背負いながらも徐々にスクリーンから遠ざかったのは、幼い時から女優を夢見て育った彼女の夢に相応しい役と作品に再び巡り合えなかったからだろう。

 東京の下町に生まれた彼女は、5歳の時に日本橋の白木屋ホールで日舞「藤娘」を踊って初舞台。子役として小学校在学中には、NHKの人気連続ドラマ『お笑い三人組』にレギュラー出演している。

 高校卒業と同時に東宝に入社、中川さかゆの芸名で巨匠・成瀬巳喜男監督『乱れ雲』(67年)の端役でデビューしている。加山雄三の『若大将』シリーズにも出演したが、東宝では女優として芽が出ることはなかった。裸になれる若手演技派を探していた日活のスタッフに声をかけられて日活撮影所入り、初出演から主演だった。

 ポルノの中心がアダルトビデオの登場で映画からビデオに移行、日活ロマンポルノは消滅したが、近年、ハード過ぎてマンネリ化したAVに飽き飽きした若い観客や映画的なエロスを体験したい女性ファンが急増している。

 全世界的に「ポルノ映画」の価値が見直されようとしているようだ。ポルノ映画に、女の本音や女の感性、女の生き方を見ようという女性ファンも少なくないのではないか。そんな女性たちに、中川梨絵が演じたロマンポルノのヒロインたちは共感を呼んでいる。

 男に媚びを売ったり、欲望の虜になる、といった、ありがちなヒロイン像とは違う中川梨絵という女優の演じ方、生き方が注目されている。

 かつて中川梨絵は、日活ロマンポルノを公開時から高く評価し応援していたディスク・ジョッキーの林美雄の深夜放送「パック・イン・ミュージック」(TBSラジオ系列)に出演し、生い立ちから赤裸々に語った。彼女には、ポルノ女優というよりも等身大の女性像の印象のほうが強い。多くのファンから親しく愛された所以だろう。

 ポルノ作品以外にも出演作品は多く、多くの監督に起用したいと思わせる個性と実力を兼ね備えていた。子役から演技に打ち込んだ根性で、人気が出ても演技の勉強をする姿勢を崩さなかった。自作『踊りましょうよ』などで、フォーライフレコードから歌手デビューも果たしている。

 体調不良もあってか女優としてスクリーンに姿を見かけなくなった頃、好きな自転車で知り合ったという男性と結婚した。料理人である夫と東京・四谷で地酒が評判の小料理店を開き繁盛させた。近年は高齢の母親を介護する為に店を移転、店を続けながら再び女優業にもチャレンジしたいという夢を語った。

 日活創立100周年を迎えた2012年に行われた日活ロマンポルノ再上映イベントで、公開当時の熱気や彼女の人気を知らない世代にもファンを広げ、近年、新しい可能性が見え始めていた。
 ロマンポルノ・リブート・プロジェクトでも、塩田明彦監督の『風に濡れた女』は、この中川梨絵が主演した『恋人たちは濡れた』へのオマージュとなっており、中川梨絵がリスペクトされていることの証左となっている。

 しかし、15年の暮れに肺癌が見つかり、余命半年と宣告された。最愛の御主人に看取られ旅立ったのは、16年6月14日。行年67歳。

 神代辰巳、田中登、曽根中生、藤田敏八、加藤彰、小原宏裕ら日活ロマンポルノ往年の名監督たちも早くして亡くなったが、早過ぎた初期ロマンポルノのスター・中川梨絵の死は、日活ロマンポルノが本当に日本映画史の伝説となったことを感じさせた。

 時代とともに様変わりしたロマンポルノの歴史だが、ゴダールやトリフォら60年代フランス映画のヌーベルバーグ、大島渚、篠田正浩らの松竹ヌーベルバーグ、それらに匹敵する「日活ヌーベルバーグ」ともいうべき映画ムーブメントが、初期の日活ロマンポルノだったのである。

 中川梨絵はその中心にいた女優だった。彼女が、日活ロマンポルノ復活の年に亡くなったというのは、やはりポルノにロマンを求めるという日活ロマンポルノの作品世界にあって、女優という存在の大きさを感じさせた。ロマンポルノ復活も、それに見合う女優の登場が待たれる。

 撮影所経験と時代的な女性としての感性の両方を持った女優、中川梨絵のような女優は、日本映画に2度と出て来ないのかもしれない。長く語り継がれて欲しい女優である。

(無料記事・了)

2017年1月6日

【無料記事】プロ野球B級ニュース2016⑧〝記憶〟の本塁打篇

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 2016年のプロ野球を興味深い記録やエピソードで振り返る本連載も、回を重ねて2017年を迎えた。いつもは珍記録に重点を置くことも多いが、今回は何よりも、おめでたい話題としたい。

 野球の華は投手が奪う三振か、打者の放つホームランという説もある。特に後者は「花火」の連想もあり、初春にふさわしいのではないか。

 ただ、本連載がありきたりのホームランを取り上げるはずもない。特に厳選を重ね「記憶に残る」という観点から飛びきりの4発をお届けする。ラインナップは、

①2度目のリプレー検証
田中広輔(広島)
②1打席でダイヤモンド2周
岡島豪郎(楽天)
③史上「最も遅い」初打席弾
栗山巧(西武)
④やっぱり神ってる本塁打
丸佳浩(広島)

の4選手だ。リプレー検証の多さにも着目して頂きたい。
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【著者】久保田龍雄
【写真】2016年9月17日、広島・丸佳浩の本塁打を中日・工藤隆人が追うも左翼スタンドの観客のグラブの中に入ってしまう(撮影 産経新聞社)
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■〝世紀の誤審〟から9か月……リプレー検証弾、今回はセーフ!

田中広輔(広島)
6月10日 広島vs楽天(コボスタ宮城)

 田中広輔といえば、2015年9月12日の阪神戦(甲子園)で延長12回にフェンスオーバーの当たりを放ちながら、リプレー検証の結果、「ラバー上部のフェンスに当たった」とされ、三塁打に格下げされた〝悲劇〟を思い出す人も多いだろう。

 何しろ、完全な誤審だったのだ。その後に広島が確認を要求すると、NPBは間違いを認め、異例の謝罪を行った。しかし既に試合は成立していたため、文字通り「幻の決勝弾」となり、この試合を引き分けた広島は3位の阪神に僅か0.5ゲーム差で届かず、3年連続のCS進出を逃した。

 あの〝世紀の誤審〟から約9か月。6月10日の楽天戦(コボスタ宮城)で、またしても田中がリプレー検証弾を打ち上げた。

 広島が2点をリードして迎えた2回2死二塁、楽天の先発・塩見貴洋の高めストレートを引っ張ると、大きな弧を描いた打球は右翼ポール際へ。深谷篤・一塁塁審が腕をグルグルと回し、「本塁打」と判定した。

 だが、梨田昌孝監督がベンチを飛び出して「ファウルではないか」と抗議。昨年9月同様、リプレー検証となる因縁めいた展開となる。

「あれ(昨年9月のリプレー検証)はもう仕方ないけど、今日のは絶対に入ったと思った」

 試合後、田中は自身が確信していたことを明かしたが、広島ファンだけでなく、本人も嫌な記憶が蘇ったはずだ。検証時間は、さぞかし長く感じられたことだろう。

 約5分後、責任審判の佐々木昌信三塁塁審が「判定どおり、本塁打で再開します」と場内に説明すると、すでにホームインしていた田中はベンチの中で改めてナインとハイタッチして喜びをあらわにした。

「僕としては入ったと思っていたんですけど、みんながベンチでファウルと言うので、不安になりました。ホームラン判定になって良かったです」

 何と田中が不安に感じたのは、チームメイトの野次が原因だったというオチもつき、試合は6対0と快勝。首位キープに大きく貢献したばかりでなく、黒田博樹の日米通算198勝目をもアシスト。前回と打って変わって、めでたいことだらけのリプレー検証弾となった。

 今季は7月29日の巨人戦(京セラドーム大阪)で高校(東海大相模高)、大学(東海大)時代の同期生・菅野智之から2打席連続弾を放つなど、不動の1番打者として打率2割6分5厘、13本塁打、39打点、28盗塁と活躍。チームの25年ぶりリーグ優勝に大きく貢献した。

■1打席でダイヤモンド2周 ビデオ検証で打ち直し弾!

岡島豪郎(楽天)
7月9日 楽天vsソフトバンク(ヤフオクドーム)

 5点をリードされた楽天は8回表1死。1番・岡島豪郎がカウント1-0から東浜巨の内角高め、カットボールを引っ張った。快音とともにライナー性の鋭い打球が右翼ポール際に飛び込んだ。

 東利夫一塁塁審の判定はホームラン。岡島は淡々とした表情でダイヤモンドを1周してベンチに戻った。これで2対6と思いきや、ポールに当たったかどうかという微妙な弾道の打球だったため、4人の審判団が集まり、リプレー検証に持ち込まれた。

 約5分間の協議の結果、「打球がポールの右側を通過していた」として、「ファウル」に覆った。

 ベンチで成り行きを見守っていた岡島はガッカリ。ウィーラーも「そりゃ、ないぜ。ホームランじゃないのか?」と言わんばかりに右手を激しく動かしてアピールしたが、もとより判定が覆る由もない。

 仕切り直しで再び打席に立った岡島は、1球ボールを見送り、カウント2-1からの4球目、真ん中高め、140キロの直球をジャストミートすると、今度は右中間席に突き刺さる文句なしの一発。「敵ながらあっぱれ」と地元・ホークスファンからも惜しみない拍手が送られた。

 ロッテ・角中勝也も14年9月24日の日本ハム戦(QVCマリン)で「打ち直し弾」を記録しているが、これは一度「ファウル」とジャッジされた打球がビデオ判定でも「ファウル」とされた後に放ったもの。それだけにホームラン→ファウル→ホームランの経過を辿った岡島のほうがより劇的だった。

 試合は2対6で敗れたものの、梨田昌孝監督は「あのバットが野球殿堂入りするんじゃないか。バットを残しておくように言っておくわ」とご機嫌。

 思わぬ形で今季3号を記録した岡島も「あり得ないことです。たまたまだけど、良かった」と喜びながらも、「(3回1死二塁の)2打席目、(2点差に追い上げた5回の)3打席目で自分が打っていれば、展開も変わっていた」と殊勝な反省を忘れなかった。

 9月11日の日本ハム戦(コボスタ宮城)では、初回に同点弾となる先頭打者アーチを放ち、2番・ペレスとともに2者連続弾。これもDeNAの梶谷隆幸、松本啓二朗が15年7月13日の巨人戦(横浜)で記録して以来、プロ野球史上39度目、楽天では初の珍記録だった。

■思わず〝びっ栗〟!? 15年目に初出場の球宴で史上「最も遅咲き」の初打席弾!

栗山巧(西武)
7月15日 オールスター第1戦(ヤフオクドーム)

 15年越しの想いを、一振りに込めたような、会心の一発……。

 7月15日のオールスター第1戦(ヤフオクドーム)、9回裏無死一塁、広島の守護神・中崎翔太の143キロ直球をフルスイングした西武・栗山巧の打球は、右中間席に突き刺さる2ランとなった。

 9回表からレフトの守備固めで途中出場していた栗山にとって、プロ15年目で初出場をはたしたオールスター初打席での快挙である。

 球宴の初打席本塁打は12年(第1戦)の陽岱綱(日本ハム)以来16人目。74年(第1戦)の高井保弘(阪急)と07年(第1戦)の森野将彦(中日)の11年目を抜いて、最も遅咲きの初打席本塁打となった。

 9回の守備では、同じくオールスター初出場の広島・鈴木誠也がサードとレフトの間に打ち上げた飛球をレアードとお見合いして安打にしていた。その裏、「僕が捕らなあかんフライだった」と危機感を持って打席に入ったことが、球宴史に残る快打につながった。

「一生忘れないホームランになりました。ミスした後でしたし、(オールスター初打席初安打の)鈴木誠也君も、僕のお蔭で神ってましたけど、その分、もっといいもんが返ってきました」

 そして「今風に言うと、〝栗って〟ましたね」と笑顔を浮かべた。

 7月4日に発表された監督推薦で、栗山が初めてオールスターに選ばれたと聞いて、「えっ、まさか! 遂に!?」と思った人も少なくなかったはずだ。

 08年に最多安打のタイトルを獲ったのをはじめ、毎年打率3割前後を記録し、ベストナイン3回、10年にゴールデングラブ賞も獲得。12年からチームの主将を務め、今年6月19日のヤクルト戦(神宮)では、史上120人目の通算1500本安打を記録している。

 これほどの実績を持つ一流選手がなぜこれまでオールスターに1度も選ばれていないのか、球界七不思議のひとつでもあったのだ。

 本人も「オールスターっていうのは、テレビで見るもんだっていう、なんか僕の中でありますし、選んでくださった工藤(公康)監督には感謝したいです」と半ば夢見心地だった。

 だが本来なら何度も出場していてもおかしくない実力の持ち主。第1戦での敢闘賞受賞に続いて翌16日の第2戦(横浜)でも二塁打を含むマルチ安打を記録。オールスター戦における〝不遇の日々〟を一気に引っ繰り返してしまった。

■ホームランを観客がキャッチ……リプレー検証で初の20号達成!

丸佳浩(広島)
9月17日 中日vs広島(マツダスタジアム)

 6月14日の楽天vs巨人(東京ドーム)で、オコエ瑠偉の右邪飛をエキサイトシート最前列の観客が横取りし、守備妨害で認定アウトになる珍事が起きたが、今度は9月17日の中日vs広島(マツダスタジアム)で左翼席最前列に飛んだ打球をスタンドのファンが左翼手の頭越しに捕球。ホームランか否かで揉めた。

 問題のシーンは、8回1死一塁。広島の3番・丸佳浩がフルカウントから中日3番手・岡田俊哉の8球目の外角高め、143キロストレートを高々と打ち上げ、左翼へ運んだ。レフト・工藤隆人が必死にジャンプ捕球を試みたが、あと一歩及ばず。打球はスタンドから男性ファンが工藤の頭越しに差し出したグラブの中にスッポリと入った。

 橘高淳三塁塁審は「ホームラン」と判定したが、工藤のグラブに男性ファンのグラブが接触し、「(妨害がなければ)捕れていた」とアピールしたため、リプレー検証となった。もし、男性ファンが明らかに工藤の捕球を妨害していたと判断されば、もちろん、本塁打は取り消される。二塁打に〝格下げ〟となることもあれば、最悪の場合は「認定アウト」となってしまう。

 だが、約10分間の検証の結果、「観衆の妨害はなく、判定どおり、本塁打とします」(橘高責任審判)と、リプレー検証弾が成立した。

 検証の間、「(観客の捕球は)見えていなかった。二塁打になっても、新井(貴浩)さんにチャンスが回るので」と冷静を保っていた丸は、判定どおりの結果に安堵した様子。そして、2年連続19本塁打の丸にとって、自身初の大台到達となる20号。「いいきっかけというか、壁を越えられて良かったです」と喜びをあらわにした。

 じつは、リプレー検証が行われたのは、この日2度目。4回無死一塁で新井が左越え二塁打を放った際に一塁走者・丸が一気に本塁を狙った。当初の判定はセーフだったが、リプレー検証の結果、判定が覆り、アウトに。

 同じ日に2度もリプレー検証の主役になり、最初は本塁タッチアウト、お次は本塁打取り消しだったら、ショックで寝込んでもおかしくない(?)ところだったが、そこは「神ってる」カープの一員。野球の神様の霊験あらたか、めでたく20号達成となった。

(無料記事・了)

2017年1月4日

【無料記事】「安倍政権ブレーンの横顔」ルサンチマンの「山内昌之」

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 あまりに密やかで、全く目立たないが、第2次安倍政権でにわかに存在感を増している、1人の男がいる。

 歴史学者の山内昌之氏だ。メディアは2016年、「東大名誉教授」と「明治大学特任教授」の肩書を使った。

 東大退官は2012年。それから政権中枢への食い込みは、〝御用学者〟などというレベルを越えた。政財界どころか、日本内外でも、他に追随する人物はいない。

「スパークリングワインで」──。

 山内氏と打ち合わせを希望する者には必ず、こう言われるのだという。仕事となれば、まずは腹にワインを流し込むわけだ。
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【筆者】下赤坂三郎
【写真】山内昌之氏公式サイトより
http://yamauchi-masayuki.jp/
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 言わずと知れた、国際関係史の研究者。特に中東・イスラム地域研究の専門家だ。その博覧強記はあまりに有名だが、それだけではない。学究肌には珍しく、実地での見聞も加味され、だからこそ言説は非常に強い説得力を纏う。

 ところで山内氏の自宅はどこに所在するか、ご存じだろうか。

 学者といっても、紋切り型のイメージと現実は異なり、例えば田園調布や鎌倉に住む者は少ない。大半の住所は府中、三鷹、吉祥寺といったところで──我々、平凡な会社員と同じように──郊外の沿線から勤務先の大学へ通っている。

 それが山内氏の場合、何と赤坂8丁目だ。近くにはカンボジア大使館が建ち、赤坂5丁目のTBS本社も、六本木の東京ミッドタウンも指呼の間。いくら東大とはいえ、赤坂に居を構えている学者など見たことも聞いたこともない。

 一体全体、山内氏の懐具合は、どうなっているのだろうか。

 山内氏は現在、フジテレビ特別顧問と、三菱商事顧問に就いている。週に2日はフジテレビ、他の2日は三菱商事、そして残る1日は明治大学に出勤する。いやはや、「元東大教授」らしからぬ多忙で、華やかな印象の毎日だ。

 少なくとも三菱商事では、専用車も準備されている。自宅から出て颯爽と最新型クラウンの後部座席に乗り込む姿は、東大名誉教授というよりは、三菱商事アメリカ支社長と言ったほうがしっくりくる。

 そんな山内氏は1947年、国鉄労組の父親のもと、札幌市に生まれている。

 本人も北海道大学に進学してからは学生運動に身を投じた。所属はブントだという。絵に描いたような「団塊の世代」(1947〜49年生れ)と形容していいだろう。

 ご存じの通り、この時期に学生運動からの転向したグループは、社会に出ると一気に権力志向へ突き進むケースが少なくない。

 本来、東大教授の退官本流は、放送大学なのだ。私大への教授職が用意されても、放送大学教授を兼任するということもある。

 東大を退官してから、フジテレビと三菱商事の顧問室に直行した学者は、どう考えても山内氏が嚆矢に違いない。もとより東大時代から、メディア露出の好きな学者だとは思われていた。柔らかい語り口に加え、ビジネスマンのようなスマートさも兼ね備える。能力が桁違いなのは言うまでもない。だからこそのフジテレビ、三菱商事の招聘だったはずだ。

 そんな山内氏は意外なことに、ことあるごとに東大批判を繰り返す。その言説の中心は「東大には東大教授になりたい病(の人間が)多い」というものだ。教授になるまでは刻苦勉励を続けるが、その夢を果たした途端、何も勉強しなくなるのだという。

 しかしながら、ポストを得ると勉強しなくなるのは、日本全国の大学教授に当てはまる。別に東大に限った話ではなく、単なる一般論だ。山内氏の母校、北海道大学でも類例は掃いて捨てるほどあるだろう。

 山内氏の頭脳、見識を考えれば驚くほど、指摘に鋭さや深みに欠ける。

 東大内部にいたのだから、リアルな現状を語ってくれれば、それだけでいいのだ。なのに、そうした「内部告発性」にも乏しい。失礼を承知で言えば、新橋の居酒屋でエリート東大生を批判して悦に入る酔っ払いの戯言と大差ないのだ。

 いずれにしても、山内氏が東大に愛着を持っていないことだけは確かだろう。東大における「比較政治」の本流はやはり、94年に東大大学院・法学政治学研究科教授となり、13年に定年退職となった塩川伸明氏なのだ。

 塩川氏と異なり、山内氏は東大法学部に講座を持つことが叶わなかった。これだけで傍流が認定されてしまうわけだが、そうした〝本流〟の塩川氏と、〝傍流〟の山内氏は、東大で〝覇権〟を争った。ところが、この2人、相当に似た経歴の持主だということが、更に話をややこしくする。

 先に見たとおり山内氏は47年生まれで、一方の塩川氏は48年。塩川氏は都立日比谷高から東大に進学し、やはり山内氏と同じように学生運動に身を投じた。山内氏がブントだったのに対し、塩川氏は中核派だったという。

 山内氏がイスラム、塩川氏はロシア政治と、表向きの専門分野は異なる。だが、ロシアはイスラム系民族色の強い国、となると、この2人の因縁はより鮮明さを増す。山内氏もイスラムを通じてロシアを見ていたのだ。

 これほどの碩学が、同じ大学で覇を競い、結果として東大生え抜きの塩川氏が本講座を持ち、北大出身の〝外様〟である山内氏は〝疎外〟された──となれば、山内氏は様々な局面で鬱積したものを抱え込まざるを得なかっただろう。

 そして山内氏は傍流のまま、野に放たれた。まさか「在野の研究家」になるはずもなく、「野に遺賢なし」を自ら証明しようとしたのか、安倍政権の内部に深く食い込んだ。

 今や山内氏は安倍政権における安全保障分野の主要ブレーンと言っていい。肩書の1例としては、内閣国家安全保障局の顧問を務めている。また2016年9月には、特に注目されている「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のメンバーにも選ばれた。

 東大時代のルサンチマンを晴らすため、山内氏は安倍政権の枢要へ、どんどん突き進んでいくのである。

2016年12月30日

プロ野球B級ニュース2016⑦珍プレー篇

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 いよいよ2016年も残りあと僅かだ。今年の球界を「珍記録」などから振り返るこの連載だが、師走最終週は王道たる「珍プレー篇」としたい。

 珍プレーといえばテレビなど動画でなければ楽しめないのでは、と疑問に思う方もおられるだろうが、活字だからこそ場面の味わいが増すものも少なくないのだ。

厳選に厳選を重ね、

①幻のランニングホームラン
 岡田幸文(ロッテ)
②トリック説の消えぬ珍プレー
 丸佳浩(広島)
③「僕のフライは魔物」
 梶谷隆幸(DeNA)
④「球界の千両役者」は達川光男の後継者!?
 石原慶幸(広島)

の4選手のエピソードをご紹介したい。
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【著者】久保田龍雄
【購読記事の文字数】4400字
【写真】2016年3月29日の対楽天戦で、3塁に立つ岡田幸文選手(撮影 産経新聞社)
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2016年12月29日

【無料】「島根女子大生殺害事件・前篇」新聞報道された容疑者の「学歴」

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 既に犯人が死亡していたという事実は、警察も想定外だった──。

 2009年、島根県浜田市に住んでいた、県立大1年の平岡都さん(当時19)が行方不明となり、その後、広島県内の山中で切断された遺体となって発見された事件。ネット上では未解決事件としての「島根女子大生死体遺棄事件」と、「島根女子大生殺害事件」が現在も混在している。

 2016年12月20日、島根・広島両県警は、矢野富栄容疑者(当時33)を殺人などの疑いで書類送検した。

 7年前の事件直後に交通事故で死亡していた矢野容疑者だが、平岡さんの住む浜田市の隣、益田市に住んでいた。なぜ、それほど近くに容疑者が生活していたにもかかわらず、捜査に7年もかかってしまったのだろうか。

 そして容疑を固める最大の〝決め手〟となったデジカメ、USBメモリに残されていた画像とは一体、どんなものだったのか。詳細な経緯を含め、捜査関係者から話を聞いた。

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【写真】島根県警公式サイト「女子大学生死体遺棄等事件の送致について」より
http://www.pref.shimane.lg.jp/police/hamada.html
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 7年という歳月は事件を風化させるだけでなく、死亡した矢野容疑者の記憶と痕跡も消し去ってしまう長さだったようだ。当時、矢野容疑者が住んでいた自宅周辺を取材した記者は、あまりの手応えのなさに途方に暮れたという。

「矢野容疑者が当時住んでいたのは、益田市内にある1戸建ての借家でした。周辺には何件か民家もあり、大家さんも近くに住んでいたので、何かしら証言が出てくると思っていたのですが、実際は真逆の結果となりました。まず大家さんは『契約などは不動産屋に任せていたから会ったことはない』の一点張り。隣近所に矢野容疑者の顔写真を見せても『全く記憶にない』と口を揃えます。考えてみれば、容疑者は独身で33歳。町内会にも所属せず、7年前に数か月しか住んでいなかったのですから、覚えているはずもないと思い知らされました。おまけに矢野容疑者の死後、その借家はある家族が住み、去年までは別の家族が住んでいたようです」(社会部記者)

 ここで事件の詳細を、簡単に振り返ってみよう。ことの発端は2009年10月26日の夜。島根県立大1年だった平岡都さんは浜田市内でアルバイトを終えると、行方不明となる。そして翌11月6日、頭部が北広島町の臥龍山山中で発見。その後胴体などの複数の部位が相次いで発見された。

 遺体をバラバラにする猟奇的な殺人事件ということもあり、多くのマスコミが現地に入り取材をした。しかしその後は有力な目撃情報も得られず、進展を見せないまま事件は迷宮入りしたかに思えた。

 ところが、今年に入って警察が行ったある捜査をきっかけに、点と点がつながり容疑者特定にたどり着いたという。その経緯について、ある捜査関係者が取材に応じてくれた。その一問一答を、ここで再現する。

──矢野容疑者に捜査本部が接触したのは、どんなタイミングだったんですか?

捜査員 実は事件が発生してから、任意で事情を聞いた記録があります。なぜ聴取したのか、当時の詳しい捜査状況まで、私は知りません。ただ、特に「怪しい」という情報があったわけではなく、あくまでも広範囲な聴取対象の1人だったようです。その時には矢野容疑者と平岡さんの接点は見つからず、他の疑わしい人間の捜査に力を入れていました。

──では、矢野容疑者が〝犯人〟として浮上した経緯は?

捜査員 今年、2016年に入って捜査本部で改めて、周辺で起きた性犯罪事件を洗いなおしました。それと車両の移動記録を突き合わせると、矢野容疑者が遺棄現場近くで車を走行させていたことが分かったんです。

 これまでに「矢野富栄」という人物は、何度か新聞紙上に氏名が掲載されている。まず、それを振り返っておこう。

 まず西日本新聞が1994年12月20日に掲載した、『[合格おめでとう]九州工業大、図書館情報大』という記事に、九州工業大「情報工学部知能情報工学科」の合格者の1人として「鎮西敬愛」高校の「矢野富栄」という生徒名が記されている。

 次に朝日新聞の山口県版は2009年11月11日、『中国道死亡事故、男女の身元判明 県警高速隊』の記事を掲載した。

 先に見た矢野容疑者が死亡した交通事故についての報道だ。文中では事故を、

<中国自動車道下り線で11月8日、乗用車がガードレールに衝突、炎上し、乗っていた男女2人が死亡した事故>

とし、県警高速隊が死亡者を発表したと伝えている。2人の姓名は、

<運転していた下関市神田町1丁目、会社員矢野富栄さん(33)と、助手席の母で自営業の貴美子さん(58)>

となっている。

 さて、2009年に交通事故で死亡した33歳の「矢野富栄」は誕生日が不明だとはいえ、1994年に18歳だった可能性はある。

 更にサンケイスポーツは16年12月21日の『島根女子大生殺害 7年を経て急展開…事故死男を書類送検』の記事では、容疑者の経歴を次のように記した。

<矢野容疑者は山口県下関市で小中学期を過ごし、近所の人は「おとなしい普通の子だった」と語る。北九州市の私立進学高では特進クラスに所属し、福岡県の国立大夜間部に進学したが、中退。実家近くのラーメン店などでアルバイトをして、09年4月に住宅設備会社に就職した>

 鎮西敬愛高校は現在、敬愛高校に改称している。所在地は福岡県北九州市門司区。九州工業大学も、北九州市戸畑区に本部を置く。

 この矢野容疑者だが、過去に性犯罪の前科があった。罪に問われたのは、2004年に北九州市や東京都内で、面識のない女性に刃物を突き付け、わいせつな行為をしようとケガをさせるなどした3つの事件だ。裁判は東京地裁で開かれ、3年6カ月の実刑判決を受けている。

「数少ない点と点のつながりですから、早速周辺を調べはじめましたが、すぐに7年前に事故死していたことも判明しました。ただ、そこで捜査を止めるわけにはもちろんいきません。下関市内にある矢野容疑者の実家などを家宅捜索したところ、押収したデジカメとUSBメモリから、行方不明後の平岡さんの画像を発見したのです。それが容疑を固める決定的な証拠となりました」(前出の捜査関係者)

(無料記事・了 後篇に続く)

2016年12月28日

【無料記事】五輪招致で「放蕩」石原慎太郎・猪瀬直樹「原罪」

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 2009年9月12日、朝日新聞は『石原知事、26日から出張 デンマークでIOC総会/東京都』の記事を掲載した。

 当時の石原慎太郎・東京都知事が2016年夏季五輪開催地を決定するIOC総会に出席するため、9月26日から10月4日の日程で、デンマーク・コペンハーゲンに出張、という日程を伝えたものだ。

 文中では、定例会見における石原知事の発言も引用されている。

「IOC委員に対し、最後の瞬間まで東京招致への支持を求めていく。招致を望む都民、国民の熱い思いを胸に、招致を獲得してまいりたい」

 結果はリオ五輪となったのは、ご存じの通りだ。その9月26日の夜。石原知事はデンマークへ旅立ち、東京・新宿の居酒屋では、都庁幹部が、こんな胸の内を漏らしていた。

「慎ちゃんも、ファーストクラスで、また欧州ワインツアーの豪遊だよ。気楽なもんだよな。後から議会につつかれないように交際費を処理するこっちの身にもなってほしいよ」
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【著者】下赤坂三郎
【写真】2007年6月、副知事の人事案が可決され、取材に応じる猪瀬直樹氏(左)と、石原慎太郎都知事(当時)(撮影 産経新聞社)
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 この年の6月には、スイスのローザンヌで、候補の4都市によるプレゼンテーションが行われた。シカゴ、リオデジャネイロ、マドリード、そして東京という顔触れだ。この時、同行した都庁関係者はもとより、JOCの関係者でさえ、石原知事の〝放蕩〟ぶりには呆れ返ったという。
 
 先の都庁幹部は完全に諦念し、白旗を掲げていた。

「大体、今の都庁で、まともに仕事をやろうなんてムードはないですよ。目立ちたがり屋で、朝令暮改ばかりの慎ちゃんの下で、まともな政策なんてできないんだから。皆、じーっと、慎ちゃんの任期が終わるのを待っているわけ。慎ちゃんは自分の任期最後、打上げ花火としてオリンピック召致を果たしたかったんだろうけど、振り回されるこっちの身にもなってほしいよ。それで、帰国すればまた、ワイン漬けの清算処理ばかり押し付けられるんだから」

 この時期に、都庁職員のモチベーションが著しく低下したことは、築地市場の移転問題が現在も迷走している遠因の1つに挙げられる。

 市場が豊洲に移転した後、築地の跡地にはメディアセンターが建てられる計画だ。もし石原都政下の職員が五輪招致で一致団結していれば、ここまで混乱しなかったに違いない。小池百合子・都知事の誕生で、職員は「さあ大変だ」と大慌てしているものの、失われた貴重な時間を取り戻すのは、なかなか難しい。

 石原都政は五輪招致を派手に打ち上げたが、インフラ整備のメドさえつかない状況は長く続いた。全く信じられない話だが、当時は副知事だった猪瀬直樹氏は知事に「諫言」するどころか、「慎太郎の親衛隊」らしく、周囲にはこんな風に嘯いていたという。

「仮にな、オリンピックが駄目でも、それをやろうという気運で緑化が進んだり、温暖化対策を進めたりするきっかけになれば、そこに意味があるんだよ」

 だが、これこそ「ご都合主義」以外の何物でもない。別の都庁幹部も怒りを滲ませながら、正論を吐く。

「緑の東京を作るために、オリンピック招致で5000億円近くつぎ込むんだったら、最初から、緑化事業に5000億をつぎ込めばいいだけの話でしょう」

 五輪招致は当初から東京の劣勢が伝えられていた。おまけに対抗馬のシカゴは「世界のオバマ」を担ぎ出すことに成功。日本側も鳩山由紀夫首相をプレゼンに出席させたが、都庁職員は「ワシ(※註:アメリカの国鳥はハクトウワシ)とハトでは、その力の差は火を見るより明らか」と自虐ネタにするほどだった。

 だが多くの関係者が石原都知事の豪遊を呆れて見つめる一方で、舞台への復帰を狙う堤義明・元コクド会長は、援護射撃のつもりか、様々な動きを繰り広げていた。

「本当のところ、どんな狙いがあったのかは分かりませんが、サマランチ元会長をはじめ、海外のIOC幹部に電話をかけまくり、東京オリンピック招致を働きかけていました。彼としては執行猶予が終わり、更に招致に成功して『影の功労者』として認知されれば、再び日の当たる場所に出られると考えたのかもしれません」(関係者)

 確かに東京五輪の招致に成功した現在、堤氏はオリンピック委員会の顧問に収まった。「形ばかり」という酷評もあるとはいえ、表舞台への復帰を果たしたのだ。

 長野オリンピックを実現させたのだから、確かに堤氏は豪腕の持主なのだ。そんな「元西武グループ総帥」の孤独な電話外交を知ってか知らでか、デンマークの石原都知事はロビー活動と称し、毎夜のワイン三昧。

「知事は酔って、へべれけです」と随行員からメールで連絡を受ける都庁幹部は、再び天を仰ぎ、「あといくつ寝れば、慎ちゃんは任期満了か」と指折り数える……。

 そんな舞台裏だったにもかかわらず、帰国した石原知事は「プレゼンは緻密で完璧なものだった」と自信満々に総括した。東京五輪に名乗りをあげて以来、常に石原知事は自画自讃のコメントを連発していた。それを幾度となく聞かされる招致委員会の面々には、さすがに白けた空気が漂っていたという。

「新銀行東京でも、あれだけ都民の税金を無駄遣いしたのに、知事自らファーストクラスに乗っての大名旅行ですからね。あの人の貴族趣味は昔からですが、その病気は副知事にも伝染しました。猪瀬さんも早速、『俺の海外視察も、なんでファーストクラスじゃないんだ』と事務方にねじ込みましたから」(都庁職員)

 この招致活動では、海外渡航費だけでも、一体、いくらの税金が消えたことか。副知事秘書の経験者は「知事が海外の会議に出席すると、だいたい2000万円は吹っ飛びますよ」と明かす。後は推して知るべしだろう。

 この頃、国民は麻生政権から続く景気低迷に苦しんでいたが、東京都は歯牙にもかけなかったということになる。おまけに知事が自ら絶賛したプレゼンも、同行した招致委のメンバーは真逆の評価を下す。

「東京五輪はコンパクトだ、緑化だ、と独りよがりにコンセプトを打ち出しているだけでしたよ。何でも北京五輪は渋滞がひどく、競技会場に選手の到着が遅れたらしいんです。そんな程度の理由で、電通が『コンパクト』を提案し、オウム返しに言っているに過ぎません。何もかも日本人らしい神経質さが全面に出てしまっていて、オリンピックらしい夢は皆無でした」

 それでも悲願の東京五輪を勝ち取ったわけだが、そうなると、あの「コンパクト」はどこに行ったのだと呆れ返るほど予算が膨れ上がっていく。

 そもそも五輪招致では、原点の原点からお粗末なものだったから当然だという声もある。産業労働局の幹部が振り返る。

「IOCのメンバーや、海外の有力者向けのパンフレット『東京カラーズ』の作成では、委託した海外デザイナーとトラブルになりましたし、文中に誤植があり、『自慰』を意味する俗語が表記されていたんです。これを都は修正せず、そのまま海外で配ったんですよ。もう、何と言えばいいのか……。おまけに、このミスを石原都知事に知られないよう、必死に隠蔽したんです」

 石原=猪瀬のコンビは、馬鹿馬鹿しいまで招致のお祭り騒ぎを繰り広げてきた。この原罪にこそ、小池都知事は切り込むべきだろう。猪瀬氏を小池塾の講師にまで招いたが、それこそ利敵行為と知るべきだ。

2016年12月22日

【無料記事】「カジノ解禁」は「風俗業界」にも巨大商機到来

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 遂に自民党悲願のカジノ法案が成立した。

 ギャンブル依存症への対策がクローズアップされているが、とにもかくにも日本にIR(統合型リゾート)が誕生する。既に動いているのは、ユニバーサルエンターテインメント(旧アルゼ・東京都江東区有明)やセガサミーホールディングス(港区東新橋)といったパチンコ・パチスロ・ゲームメーカーばかりでない。世界に冠たる日本の「FUZOKU」つまり風俗産業も虎視眈眈とビジネス拡充を狙っているのだ。

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【写真】東京・吉原のソープ街(撮影・産経新聞社)
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「金持ちがカジノに集まるのには理由があります。プライベートジェットで世界中から飛んでくる目的は、実はギャンブルが1番の目的ではないんです。賭博など富豪にとっては結局、儲かっても損しても端金です。彼らが本当に楽しみにしているのは、現地のオンナなんです。カジノあるところに売春あり。この法則が当てはまらないカジノはありません。そういうことで、日本でカジノが解禁になると、風俗産業にビジネスチャンスが生まれるというわけです」

 こう解説するのは、海外駐在経験の豊富な、現役のメガバンク役員だ。

 役員氏は、これまでに数多くの海外カジノを訪れ、実際に遊ぶことでリアルな現状を熟知している。同じようにして「日本カジノ解禁」に備えてきた風俗業界の関係者は少なくない。さるソープランドのオーナーが打ち明ける。

「お台場にカジノができたら、すぐに手配をしないとな。もう、うちは様々な関係者に指示を出しているよ」

 これまでにも、日本のAV女優らを斡旋する専門デリヘルが中国人富裕層をターゲットにしたことはあった。だが今回の風俗業界に対する〝IR=カジノ神風〟では、ソープ業界の鼻息が荒い。

「デリヘルは〝本番〟の有無にかかわらず、結局は平凡なセックスの範疇を出ない。だが、訓練された泡姫の泡踊りだけは世界中、どこに行っても日本のソープでしか堪能できないんだ。だから、お台場のカジノ客を吉原に引っ張ってくるだけじゃなく、どうやって吉原と同じサービスをカジノVIPの客室に届けるかが鍵だ。カジノ計画がスタートしたら、新規事業として始められるようにしておく」(同・ソープオーナー)

 さすがは日本を代表するソープオーナーだ。日本の泡姫を「AWAHIME」として、クールジャパンの裏目玉にする計画だという。確かにケツの穴まで舐めてくれる献身的なサービスは世界に類例がない「オンリーワン」に違いない。

「うちは昔から外人観光客にも対応してきたからね。デリヘルなんかとは一日の長がある。内装も外人好みにもしている。風呂も外人の体格を考えて広目で、なおかつ和風テイストを感じさせるものも用意してきたよ」(同)

 あまり知られていないが、最近では稼げる日本人風俗嬢は、既に海外カジノに〝移籍〟している。先のメガバンク役員は「日本では『いい女の空洞化』も始まっているんですよ」と苦笑する。

「この間もマカオのカジノを視察しましたが、娼婦のいる場所には船で渡るんです。下船の順番は船長が決めるんですけど、これがそのままオンナの部屋に入る順番になります。1番人気は色が白くて巨乳のロシア系です。そしてマカオで、つまり世界で2番目に人気なのが日本人なんですよ。GDPじゃ中国に敵いませんが、日本女性は世界2位なんです。日本にカジノが来たら、世界中の富豪が買春のためにプライベートジェットでばんばん飛んできますよ。ソープ業界が商機を見逃すはずはありませんし、デリヘルもカジノバブルの恩恵に与るでしょう。そしてソープとデリヘルの競合が激しくなればなるほど、サービスを受ける側にとっては相乗効果が期待できるのは理の当然です」

 カジノオープンXデーに向けて、既に「オンナの商品開発」は始まっているという。先のソープオーナーは自信に満ちた笑みを浮かべる。

「デリヘルを徹底的に研究しろと言ってる。勝負はデリヘルとの差別化だ。泡姫は日本固有の文化だと富裕層に思わせれば勝ちだよ」

(無料記事・了)

2016年12月20日

【無料記事】「省庁」の「公文書保管」は驚愕の「空き家に〝野積み〟」

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 2016年12月11日、毎日新聞に『公文書管理:甘い点検 国交・文科省、不備報告せず』との記事が掲載されたのをご存じだろうか。なかなか興味深い記事なのだが、まずは以下に内容を要約させて頂く。

①法令で義務付けられた国の公文書管理状況の自己点検で、国土交通省と文部科学省は管理不備があったにもかかわらず、「不備ゼロ」としていたことが、毎日新聞の取材で分かった。

②一方、正確な自己点検を行ったのは防衛省、法務省、厚生労働省など。いずれも数万から数千件の不備を見つけて、改善を行っている。

③ミスの内容は、▼ファイルの分類ミス▼ファイルに無関係な文書の混入▼管理簿への誤記載──など。

④点検結果のばらつきに対して、国は「基本的には各省庁が監査することになっている」と毎日新聞に回答した。

⑤専門家は「ゼロはありえない。内部チェックが働いていない証拠。報告先である内閣府が調査し、指導を行うべき」と指摘した。

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【著者】下赤坂三郎
【写真】【写真】内閣府「行政文書の管理」中の「文書管理者の役割」
http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/about/shikumi/g_bun/tebiki3.pdf
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 いかにも一般紙らしい、立派な報道であることは論をまたない。だが、皆さんは記事の要約に目を通されながら、公文書の保管場所をどのように思い描かれただろうか?

 例えば各省庁の地下には巨大な保管スペースが用意されており、そこには膨大な量のファイルが並べられている、といったイメージを浮かべられただろうか?

 実は公文書は役所には1枚も保管されていない。住宅地などに位置する建物に、適当に放り込まれているのだ。

 私は以前、経済産業省の記者クラブに詰めていたことがある。そしてある日、経産省の総務担当のノンキャリ職員が、押収物のような段ボールの山を抱え、トラックに載せて出ていくところを目撃した。「あれは何だ?」と原付で尾行したのが原点だったが、他にも役所の保有資産を洗った際にも、様々な現状に触れることができたのだ。

 例えばGoogle マップに「東京都文京区白山2丁目31−4」と入力して頂きたい。地図を拡大すれば建物に「文部科学省資料保管所」と書いてあるのが分かるはずだ。もちろんストリートビューを見ることもできる。ヤクザの事務所ほど悪趣味ではないが、窓が目張りされているなど、かなり不審な建物だということが一目瞭然だ。

「第2モリマツビル」と記載されている「東京都新宿区箪笥町5」の建物も興味深い。3階建の小さなビルなのだが、窓だけでなくシャッターもぴったりと閉ざされている様子は、暴力団というよりは、過激派の公然本拠地を思い起こさせる。

 要するに、これらは一棟丸ごとが「書庫」なのだ。たまに役人が段ボール箱を搬入するぐらいで、後は人の出入りなど全くない。私も入ったことがあるが、中は基本的には民家の間取りと変わらず、各部屋に段ボールが〝野積み〟されている。

 要するに相当に杜撰な管理状態なのだ。日本の省庁は公文書の管理に対する意識が非常に低いことが、こうしたことからも浮き彫りになる。役人の電子メールさえも、後世の評価に資するために公文書として細大漏らさずに収集している米国の公文書館との扱いと意識の隔たりは大きい。

 この他にも、各省庁が独自に所有する「共用会議所」という建物に段ボールが置かれている場合もある。もっとも、「会議所」は、公文書の保管などとは比べ物にならないほど、国家公務員にとって重要な任務の舞台となっている。キャリア官僚らは、人目につきにくい会議所にコンパニオンを呼び、禁止されているはずの「官官接待」に精を出すのだが、それはまた別の機会に詳報させて頂こう。

2016年12月19日

【無料記事】高樹沙耶被告に「懺悔ヌード」依頼殺到

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 沖縄県石垣島の自宅で大麻を所持したとして、逮捕・起訴された元女優の高樹沙耶被告(53)だが、芸能関係者の間では、早くも「懺悔ヌード」の可能性が取り沙汰されているという。
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【写真】高樹沙耶氏のTwitterより
https://twitter.com/ikuemiroku?lang=ja
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 厚労省麻薬取締部の調べに対し、高樹被告は所持から使用まで洗いざらい認めたというから、業界復帰はもはや不可能だろう。しかしながら、芸能筋によれば、「医療大麻」の解禁を主張した前回の参院選立候補も含めて完全な“汚れキャラ”となった元女優の美熟女には、「そちら方面の需要は十分に期待できる」というから驚く。

 1990年代にトレンディドラマで活躍し、2000年代にはテレビ朝日系の人気ドラマ『相棒』にレギュラー出演したことで、かつては一流女優の座を不動のものとしていた高樹被告。当時から業界内の派手な交遊から一線を画し、エコロジカルな生活様式に傾倒し、2007年には千葉県南房総市に移住したうえで、「ナチュラリスト」仲間に無償で建てさせたカフェをオープンした。

 高樹被告に近い大手芸能事務所幹部はこう明かすのだ。

 「高樹ほどではないにしろ、芸能人の中には『隠れナチュラリスト』は意外に多く、そうした連中は植物としてのパワーが絶大とされ、使い方次第とはいえさまざまな可能性を秘めるとされる大麻に関心を持ちやすい。実は、高樹自身は若いころから海外でマリファナ(=大麻)を経験しており、大麻解禁を訴える活動家から広告塔として接近されることは少なくなかった」

 ちなみに、房総のカフェで高樹被告は従業員もすべてボランティアで働かせるなど物議を醸した後、東日本大震災に伴う福島第1原発事故を機に突如、すべてを放棄した。高樹被告は即座に石垣島に移住し、『相棒』も自ら降板した。

 ただ、石垣島での奇妙な共同生活が話題を呼び、カメラの前でも「大麻」の二文字を口にする高樹被告は完全に“大麻女優”として定着してしまった。

 「高樹は常々『自然派生活は逆にカネがかかる』と漏らしていましたが、実際、石垣島生活ではカネが底をついており、執行猶予判決後にナチュラリストに戻ろうとしても、先立つものがなければ始まらない。そんな高樹の足元を見透かしたように、『脱がし屋』と呼ばれる編集者たちが、関係者への接触を試みています」(大手芸能事務所幹部)

 高樹被告はもともとデビュー当時には、躊躇なくヌードを披露してきた体当たり女優でもある。加えて「出産もせず、大麻を使ったアンチエイジング効果で若い肉体を維持してきた美熟女」(関係筋)だけに、その筋の“期待値”は最大限に高まっているのだとか。
(止)

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