2017年3月23日

【無料記事】中国保険大手「安邦グループ」が日本不動産を「爆買」

china hoken 2017-03-23 11.30.57

 中国の保険大手・安邦保険グループが東京や大阪、名古屋、福岡など大都市圏のマンションなど200件もの不動産物件に関心を示し、その買収に向けて約2600億円もの資金を投入していることが、関係筋の話で明らかになった。

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【写真】安邦保険グループの公式サイトより
http://www.anbanggroup.com/index.htm
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 安邦グループは2014年、米国の最高級ホテル、ウォルドルフ・アストリア・ニューヨークを買収したことで一躍、世界的に名が知られる存在となった。

 その最高経営責任者にはかつての中国の最高実力者、鄧小平氏の孫娘の夫のほか、「新中国」建国当時の軍最高指導者の孫も幹部として名前を連ねるなど、中国共産党指導部と密接に関係しており、外交筋からは「日本の資産の中国流出につながりかねない」との懸念が出ている。

 安邦グループは2005年に生命保険会社として、資本金約5億元(約80億円)で創業。10年後の15年には619億元(約1兆円)と、124倍にも膨らんだ。事情に詳しい経済ジャーナリストは「中国政府の強力な支援の下、3500万人もの顧客を獲得したため」と解説する。

 その後、安邦グループは中国政府の意を受け、海外でのビジネス展開を急拡大し、ベルギーなど欧州の金融機関のほか、韓国や米国の生命保険会社を次々と買収。不動産部門にも進出し、米国の最高級ホテルのほか、日本での不動産買収にも強い意欲を示している。

 しかし、安邦グループは2015年、不動産運用会社、シンプレクス・インベストメント・アドバイザーズ(東京都千代田区)の買収に入札したが、日本の大手不動産会社に競り負けている。

 関係筋によると、今回明らかになった、安邦グループが触手を伸ばしている不動産物件群は、中国政府直轄の投資会社である中国投資が9・9%の株式を取得している米大手投資ファンドが所有しているものだという。

 東京や大阪など日本の大都市圏にあるマンションを中心とした200件もの不動産物件で、その部屋数の総計は10000戸以上にもなる見通しだという。

「日本の不動産物件は2020年の東京五輪を控え、価格の上昇傾向が続いている。安邦グループは五輪前の転売による大規模な差益を目論んでいるようだ」

 外交筋は、安邦グループの狙いが転売益にあるとみている。更に外交関係者は「中国政府の外貨資産減少」を背景として指摘する。結局、安邦グループの買い漁りの裏には中国政府の強い指示があると考えられており、監視が必要であると警鐘を鳴らしている。

(無料記事・了)

2017年3月22日

【無料記事】日本版NSCトップの「コンサル会社」に批判

taniuchi2017-03-22 15.51.27

 国家安全保障会議、いわゆる日本版NSCの初代局長で、内閣特別顧問を務める谷内正太郎氏(73)が、自らコンサルタント会社を設立していたことが、関係者の証言などで明らかになった。

 谷内氏は現在、代表取締役から退き、後任に妻が就いているが、安全保障分野のトップに対して「公私混同」を危惧する声が上がっている。

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【写真】内閣官房公式サイトより
http://www.cas.go.jp/
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 問題のコンサル会社は株式会社・谷内事務所。会社登記によれば、所在地は東京都千代田区麹町2丁目で、資本金は100万円。設立目的は「外交政策や企業経営に関するコンサルタント業務」のほか、「国際情勢に関する調査分析、評価」「書籍・印刷物の企画、製作、出版、販売」「各種講演会、セミナー等の企画」……などとなっている。

 民間調査会社のレポートなどは存在せず、詳しい経営実態は不明である。

 設立は2008年4月で、谷内氏が外務事務次官を退官した約3か月後だ。民間人になることを踏まえて活動のベースを築いたとみられるが、外務省顧問や内閣官房参与の肩書を持っていた時期でも、代表取締役にとどまっていた。この点が「兼業禁止」のルールに抵触していた可能性も否定できない。

 さすがに良心の呵責があったのだろうか、NSC局長となる14年1月の直前に、妻のいほり氏に代表取締役の座を譲っている。

 ただ、会社の存在そのものがアキレス腱になりかねない――と複数の関係筋は指摘するのだ。外務省の元幹部はこう言う。

「失礼ながら奥様はダミーであり、今でも実質的に谷内さんの会社であることは明明白白です。エリート外交官として長年にわたり外交機密や国家機密に触れ、現在はそれらを掌握する立場にある谷内さんが、営利を目的とする法人に携わることが、果たして適切と言えるでしょうか。職務上知り得たことを会社の業務に生かして利益を得ているとすれば、重大な背信行為となります。場合によっては犯罪にもなり得る。資産管理会社のような位置づけであっても、誤解を受けないように会社を整理するか、第三者に譲渡するのがあるべき姿だと思うのですが」

 貧しい環境で育った「苦労人」として知られる谷内氏。その反動か、上昇志向が非常に強く、かつて複数の週刊誌に「元KCIAエージェントと親密交際が発覚」などと報じられ、キナ臭い人脈も浮き彫りになっている。

 外務省時代の元同僚は「安倍晋三首相の側近として舵取りを担う以上、『李下に冠を正さず』の言葉を忘れてはならないはずだ」とクギを刺すのだが……。

(無料記事・了)

2017年3月21日

【無料記事】財務省「ウルトラC」人事を官邸が画策

zaimu2017-03-21 20.13.28

 今年夏の財務省人事をめぐり、「ウルトラC」が発動される可能性が出てきた。

 現在の佐藤慎一次官(1980年入省)の後任には、福田淳一主計局長(1982年入省)が順当に昇格するとみられていた。だが、ここにきて、金融庁の森信親長官(1980年入省)を推す声が与党内で急浮上しているのだ。

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【写真】財務省公式サイトより
http://www.mof.go.jp/
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 地方銀行の再編を進める森氏は「辣腕」で知られており、安倍晋三首相からの信頼も厚い。政府関係筋は「安倍首相は財務省改革に向け、森氏を次官として送り込むのでは」との見方を強めている。

 佐藤氏は実に35年ぶりに主税局長から事務次官に昇格したが、官邸との距離は決して近くはない。主税局長時代には、「軽減税率」をめぐって菅義偉官房長官と対立し、次官就任後も「配偶者控除の廃止」で官邸サイドから「待った」をかけられた。消費税増税の実施を求めていたこともあり、留任の芽はまずあり得ない。

 佐藤氏が今夏に退任した後、その後任には財務省ナンバー2の福田氏が昇格するもの、と省内外で当然視されていた。一方で、佐藤氏と旧大蔵省同期入社の森氏は昨年夏に留任していて、今夏の退任が確実である。

 しかし、与党内では、「森氏を財務次官に抜擢すべし」との意見が強まっており、関係筋によると、「官邸も水面下で調整を始めた」という。

 関係筋はこう指摘するのだ。

 「これまで、『金融庁長官』から『財務次官』に横滑りしたケースはありません。ただ、内閣府次官に厚生労働省次官が横滑りで就いたケースがあり、森さんが財務次官に就任したとしても、異例とは言えません」

 森氏は大手銀行や証券会社に対し、金融商品の販売手数料を開示するよう求めているほか、地銀再編を促していることでも知られている。関係筋によると、こうした豪腕を安倍首相は高く評価しており、最近では、経済政策全般について、意見を求めることも多いという。

「首相への面会回数も財務省の福田次官を上回っており、消費税増税を求める財務省を牽制する意味合いも込めて、森さんが次期財務次官に抜擢される可能性は高いのではないか」

 政府筋はそう読む。

 ただ、森氏が次期次官に就いた場合でも、次期局長の呼び声が強かった福田局長は留任させ、来年には次官に昇格させる予定だという。

 財務省の中からは、「人事のバランスさえ守ってくれるのであれば、ワンポイントの森さん起用も納得するしかないか」との声が聞こえてくる。ただ、関係筋によれば、森氏には「将来の日銀候補」との見方もある。このため、今夏の財務省人事には霞が関中から注目が集まっている。

(無料記事・了)

2017年3月16日

【無料記事】清水富美加=千眼美子の「野望」は「教祖夫人」

shimizu2017-03-16 20.12.30

 バーニング系列の大手芸能事務所・レプロエンタテインメントと決別して、宗教団体・幸福の科学への出家を宣言した女優といえば、ご存じ、清水富美加(22)だ。

 出家の理由として、事務所によるセクハラやパワハラの被害を訴えたが、その内容を信じる関係者は少ないという。「彼女は自称するようなヤワな女性ではない。むしろ出家したのは、さる野望を持っているからではないか」との観測が流れているという。

 清水の野望とは一体、何なのだろうか。

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【写真】レプロエンタテインメント公式サイト「清水富美加・ギャラリー」より
http://www.lespros.co.jp/talent/artists/fumika_shimizu/
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 清水が法名『千眼美子』名義で教団から緊急出版した告白本『全部、言っちゃうね。』(幸福の科学出版)の中身に、関係者が唖然となった。

<せめて、ブルマとかスク水とかは勘弁してください」って言ったんですけど、「DVDの制作会社はどっちかは絶対入れたいって言ってる」って言うので、泣く泣くブルマを選んで、沖縄に連れてかれました>

<こんなこと言ってもいいのかわからないですけど、水着の仕事って言ったって、おかずですよね。露出の多い水着を着て、ベッドに転がされたり>

<見知らぬおじさんが私の写真やDVDを観て家で何してるんだろう>

 告白本には、「社長を殺したいと思った」など過激な記述もある。実際に枕営業の噂も出ている。出版関係筋が明かす。

「昨年、漫画家の西原理恵子と整形外科医の高須克弥院長の事実婚夫婦による共著『ダーリンは70歳』(小学館)が出版されましたが、この中に、高須院長が枕営業に面食らう場面が出てきます。『レプロ』の本間憲社長に似たメガネとヒゲの男が、19歳の少女を紹介する。西原と清水はよく似ていることから、好みの女性を紹介されたと言いたいわけです」

 レプロ側は「所属タレントが洗脳されてしまった」と世間の同情を買いたいようだが、それも厳しいものがあるという。芸能ジャーナリストが解説する。

「幸福の科学で広報窓口を務めるグループの里村英一専務理事はTBSの出身。芸能界のプロダクション事情やワイドショーの手法を熟知している。清水富美加の告白を突破口に、同じプロダクションから追放された能年玲奈=のん、の件など、バーニングの体質を炙り出しかねない勢いです」

 報道された通り、清水の両親は幸福の科学の信者。清水の出家の裏には、父親の5000万円もの借金があるとも指摘されている。事情通が明かす。

「教団は、借金をチャラにする代わりに、清水を幸福実現党の候補や党首にしたい狙いがあるのでしょう。将来、大川隆法総裁の長男で、教団内で洗脳映画をつくる芸能プロダクション社長、大川宏洋氏の妻にする可能性だってあります。そうしたら清水は、次期教祖夫人です」

 14歳でタレント入りした清水。「そのぐらいの〝野望〟があってもおかしくない」と関係筋は言うが、当初は清水に同情的だった世論は告白本出版とともに変化し、今は清水に批判的ですらある。野望実現には、更なる紆余曲折がありそうだ。

(無料記事・了)

2017年3月15日

【無料記事】東芝「原発損失」の原因「オプション契約」の〝闇〟

toshiba wh2017-03-15 15.02.02

 深刻な経営危機に陥った東芝。屋台骨を揺るがした米原発事業をめぐり、またひとつ、不可解な闇が広がる。米原発事業をめぐり、不可解な「オプション契約」の存在が判明したのだ。

 これは東芝が買収した米原発会社・ウェスチングハウス(WH)が、原発を発注した米電力会社との間で締結したもので、電力会社が一定以上の建設費用の負担を拒否できる内容となっているのだ。

「これではあまりに発注の電力側に有利すぎる」と業界関係筋は疑念を強めており、WH経営陣が何らかの不正をはたらいた疑いも指摘されている。

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【写真】Westinghouse Electric Company公式サイトより
http://www.westinghousenuclear.com/
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 東芝がWHの原発建設事業で7000億円近い損失を被り、今年度は債務が資産を上回る債務超過に転落する見通しであるのは報道の通り。このため、東芝は稼ぎ頭の半導体事業を切り離し、過半数の株式を売却して資金を捻出する方針を余儀なくされている。

 ただ、東芝の内外からは、「経営陣が米原発事業の巨額損失の存在を知ったのは昨年末だった。WHからの報告が遅れたためだが、会社の屋台骨を揺るがす巨額損失がなぜ、突如として発生したのだろうか」と疑う声が根強く残っている。

 東芝や業界関係者の話を総合すると、巨額損失が発生した直接の原因は、WHが米電力会社と締結していた「オプション契約」が行使されたことだった。WHは、この電力会社からサウスカロライナ州で建設する2基の原発を受注したが、電力会社が工事遅延によって発生する損失を抑える契約も追加で結んでいたのだ。

 このオプション契約では、電力会社がWHに支払う金額は最大76億8000万ドルとし、これを上回った金額は全てWH側が支払う――との内容になっている。福島原発事故の発生に伴い、米国でも原発の安全基準が強化され、工事が遅延して建設費や金利が膨れ上がり、WHに巨額の損失が発生したとされる。

 しかし、関係筋は疑念をこう語るのだ。

「疑問なのは、この契約が結ばれたのが2016年5月だったことです。福島原発の事故があって、このオプション契約の時点ではすでに原発工事の大幅な遅延は明らかにわかっていた。なぜWHがこの段階で、わざわざ巨額費用を負担しなければいけなくなるような不利な契約をしたか、意味がわからない」

 東芝関係筋によると、米電力会社側はこのオプション契約を締結するため、約5億ドルをWH側に追加で支払っている。このため、「オプション契約を仲介した米国の金融会社からWH側にバックマージンが支払われた疑いがあるのでは」との見方が東芝内外から出ている。

 東芝関係筋は「会社に損害を与えることを分かってオプション契約を結んだのであれば、明らかな背任だ。あるいは、電力会社と金融会社が組んでWHを嵌めた可能性も捨てきれない」と指摘する。

 東芝をめぐる闇はまだまだ解明しきれていないのである。

(無料記事・了)

2017年3月13日

【無料記事】VSマリカーで「任天堂」思わぬ敗北

mario2017-03-13 10.07.51

 2月24日、ゲーム会社大手「任天堂」(京都市南区上鳥羽鉾立町)が、公道でのカートツアー会社「マリカー」(東京都品川区北品川)に対し、著作権違反および不正競争防止法違反を理由に東京地裁に訴えた。

 このマリカー社は、任天堂の人気ゲーム「マリオカート」の人気キャラクターであるマリオやルイージのコスチュームを海外観光客等に貸与し、そのコスチュームのまま公道をカートで走るサービスを提供している。任天堂とマリカー社資本金で比較をすると、任天堂100億円に対しマリカー社は1億9850万円巨人と小人のような関係だが訴訟は意外な方向に向かった。

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【写真】マリカー公式サイトより
http://maricar.com/
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 任天堂からの提訴から約2週間後、3月7日時点でも、未だに東京都港区付近では海外観光客が嬉しそうに走行する姿や、その姿を微笑と共に撮影するギャラリーを目にする。

 マリカーのサービスは、任天堂が考案したマリオやルイージのブランドを利用するサービスであり、仮にライセンスを受けていないのであれば、マリカー社は厳しい訴訟での闘いとなりうる、のが常識のはずだ。

 当初マリカーは任天堂からの訴訟に対しこのような声明を発表していた。

<このたびは、世間をお騒がせしていること、はじめにお詫び申し上げます。
任天堂株式会社様より、当社に対して訴訟が東京地方裁判所に提起した旨のニュースリリースの発表がありました。僭越ながら、現在の報道には事実とは異なる内容があるのですが、突然の対応に追われ、私どもの方から事実関係をご説明する機会が十分にとれず申し訳ございませんでした。

私たちは、私たちのサービスが、任天堂様に対する不正競争行為及び著作権侵害行為には該当しないと判断した上で、サービスを提供してきました。

公道カートレンタル事業者の中には、任天堂の許可無く勝手に模造された衣装を販売、レンタルしているなどの悪意のある業者もあり、任天堂様と協議した矢先のことであり、大変困惑しております>

 突然の訴訟に、マリカー側が動揺している様子が伝わってくる。任天堂の法務は業界内でも手ごわいという評判で「ドンキーコング」や「テトリス」などのソフトで訴訟をおこし賠償金や差し止めを獲得している。

 この時点で、弊誌は白坂一・弁理士に取材を行っていた。専門家としての見解は、以下のようなものだった。

「マリカーのサービスは大変、魅力的ではありますが、許諾なくホームページにてマリオの姿での宣伝をしていますし、仮に公道で事故などがあった場合は、『マリオ』のブランドが毀損、もしくは毀損する可能性があります」

〝ガリバー〟たる任天堂が法的措置に踏み切ったのは、法人としてのマリカーや、その代表取締役から損害賠償を得ることが目的ではない。自身のブランドを毀損されるリスクを低減させ、マリオブランドを守ることを重視したのだと分析する。

「任天堂は、スマホゲームの利用により、WiiUのソフトが低迷していましたが、ニンテンドウクラシックミニ、スマホゲームのスーパーマリオランのリリース、そして、3月3日新発売のニンテンドースイッチの発売など、ガンガンと攻勢をかけています。さらに、本業のゲームに注力しつつも、ウォルトディズニーのようなキャラクタービジネスをしっかり堅調に伸ばすビジネスモデルの構築を意識されていることもあり、この度の訴訟提起に踏み切ったと思われます。」(同・白坂一弁理士)

 しかしここで予期せぬことがおこる。マリカー側の圧倒的不利と思われていた状況がマリカーの商標登録を止めることができなかったのだ。

 マリカー社は、2015年に商標「マリカー」を出願し、登録済み。16年9月に商標登録出願を文字で「MariCAR」と、図柄の2件を出願しており、独自の知的財産権を保有した形になっている。任天堂はこの商標権「マリカー」に対して、取り消すための異議申し立てを提起したが、この異議申立は却下されてしまったのは報道でご存じの方も多いだろう。

 この予期せぬ結果にマスコミも大慌てでニュースの続報を報道しはじめた。最強の任天堂を相手にマリカー社はどう立ち回ったのか。

「商標の類似は、通常、商標同士の、①『呼び方=称呼』、②『見た目=外観』、③『イメージ=観念』が似ているかどうかで判断されます。任天堂の商標『マリオカート』とマリカー社の『マリカー』は、『マリ』が共通していますが、それ以降の呼び方が違うこともあり非類似と判断され、マリカー社の商標権は維持されました。任天堂は、商標権を無効にするための無効審判などを別途、検討していると思われます」(同・白坂弁理士)

 実は商標においては最近大きな判決がだされている。3月6日、最高裁判所において、スイスの高級時計ブランド「フランク・ミュラー」に類似するとされていた腕時計「フランク三浦」の商標が有効であるとする判決が確定したのだ。

「これは、消費者が腕時計を購入しようとするとき、『フランク・ミュラー』の商標と『フランク三浦』の商標とは混同が生じないと判断されたわけです。このような最高裁が数日前にでたことで、パロディ製品に独自の商標権を認める傾向は今後強く、マリカー社の商標権もこのまま維持されるかもしれません」(同・白坂弁理士)

 商標権はあくまで「マリカー」という標章を権利として認めただけであり、マリオカートのブランドや著作権の使用を認められたわけではない。

 マリカーというサービスが、任天堂の著作権違反や不正競争防止法違反になるか否かは、マリカー社のサービス内容を具体的に立証し、審理した上でから決まることになるが、特にマリオの著作権を利用しているか否かが、審理のポイントになりそうだ。

 マリカー社は、マリオカートをリアルに実現することで海外観光客を楽しませている。しかし、訴訟提起を受け、このまま闘うのか、それとも任天堂のライセンス許諾を得てマリオカートの類似ビジネスを展開するのか、もしくは自社の新たなブランドで展開するか今後の行方に注目される。

(無料記事・了)

2017年3月9日

【無料記事】東芝「会見&広報契約社員募集」の異様

TOSHIB2017-03-09 17.18.50

 創業以来最大の危機に直面する東芝。危機を乗り切るため東芝は本社で記者会見を年末の12月27日と2月14日に開いた。しかしその評判が余りに悪い。メディア関係者は「とにかく異様な会見だった」と口を揃えるのだ。

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【写真】東芝公式サイトより
http://www.toshiba.co.jp/index_j3.htm
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 2016年12月27日未明、NHKが「東芝の米国子会社が巨額減損」と報じた。それを受け同日夕方、東芝の綱川智社長の会見は開かれた。

 東京・浜松町の東芝ビル39階の最上階。大会議室の会見場に着いた記者は不思議な光景を目撃した。

「あれ? 何で1番前の席が空いているの?」

 綱川社長や経営陣が着席する目の前の席である。訝しく思いながら後方の席に座る。会見直前、ある人物が東芝の広報担当に付き添われ一番前に着席した。全てを悟った記者は思わず「はあ」と溜息を漏らした。

 会見終了後「この会見は記者以外にも証券アナリストが出席していた」ことを知る。そして前列の席はその証券アナリストたちのためだったとも理解した。

 あろうことか東芝は、重大な会見だというのに、経営陣へ優しい質問をするアナリストたちを前に座らせ、記者たちと、厳しい質問を行うアナリストは後ろに追いやったのだ。当然、記者たちは抗議した。

「アナリストを同じ会見に呼ぶのまでは許せる。しかし席を用意するのはおかしくないか」
「先着順にすべきだ」

 東芝はこの時点で、米国の原発の減損額を4000億円弱と見積もっていた。この金額なら17年3月期決算の債務超過の転落はないからだ。

 しかし年が明けた1月8日と19日に内部告発が届く。「経営陣による『不適切なプレッシャー』があった」と。ここで事態は急展開。「一気に膿を出さなければ持たない」となり、7100億円の減損に追い込まれ債務超過転落が避けられなくなった。

 その内容を公表予定だった2月14日、東芝は決算発表を延期する。しかし集まった記者からの突き上げもあり同日18時30分に東芝ビルでの会見を設定した。そして会場に到着すると、

「おいおい、また前の席が空いている」

 そう。再びアナリスト向けに一番前の席を用意していたのだ。会社存亡の危機に立っていながら、経営陣への配慮を忘れない。これがビジネスマンの鏡なのか。

 前列に陣取るアナリストたちは一切質問をしない。ただパソコンを打ち、ノートにペンを走らせるのみ。質問は後列の記者とアナリストだけだった。

 会見が終了した2日後、転職情報サイト「DODA」に東芝が広報職の契約社員を募集したことが話題になった。「メディアコントロールできる人材」が欲しいというものだ。この募集を見た記者は会見の異常性を心から理解することができた。結局のところ、東芝は心底、メディアが怖いのだ。

 だから東芝は、この後に及んでもメディアを管理したいと考えている。しかしながら、こういう態度こそが、かえって記者の怒りを買うのだ。広報としての能力はゼロどころかマイナスと言っていいだろう。

 会見に出席した記者は「正直、屈辱を受けた印象だ」と口を揃える。仕切り直しとなった3月14日の決算会見はどうなるのか。興味津々で記者たちは待っている。

(無料記事・了)

2017年3月8日

【無料記事】読売VS朝日「年始スピーチ」の勝敗

asahi2017-03-07 14.14.35

 大手新聞社トップが年頭に何を語るか。その年を占う上で例年、大手紙トップの挨拶は注目されるが、中でも『読売新聞グループ』のドンとして君臨し続ける『ナベツネ』こと渡邉恒雄・代表取締役主筆は、90歳とは思えぬ怪気炎を今年も賀詞交歓会でぶち上げた。

 ナベツネ氏の話の中で話題を呼んだのは、ライバル紙である『朝日新聞』の元日から始まった年始連載を取り上げ、猛烈に批判したことだった。

 その発言内容を抜粋してみよう。

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【写真】朝日新聞公式サイト『会社案内』より
http://www.asahi.com/corporate/?iref=comtop_footer
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「朝日の新連載が始まりまして、タイトルは『われわれはどこから来て、どこへ向かうのか』、副題は『成長信仰』、見出しは『経済成長、永遠なのか』……。簡単に言うと、低成長を容認しろ、ということです」

などと、朝日新聞が打ち出した「成長否定論」を指弾したうえで、朝日の別の日の国際面の特集に話を転じた。

 その日の特集では、経済の低成長が格差拡大を招き、政治への不信が高まり、欧州危機を招いた――という「成長肯定論」であり、先の新連載とは真逆の論調になっていた。ナベツネ氏はこれを指摘し、「どうも全体が一貫していないなあという気がします」と一刀両断にした。

 さらにナベツネ氏は、国際情勢、社会構造からデータを駆使して独自の鋭い分析を開陳し、「僕が朝日新聞の低成長容認論に反論するのは、成長をあきらめていたら日本は第4次産業革命に乗り遅れていく。『成長いらん』と言ったら、どうなるのか」と激しい口調で朝日を批判したのだ。

 それでは、ナベツネ氏に〝あてこすられた〟朝日新聞の渡辺雅隆社長(57)は、年頭に何を語ったのか。

 渡辺社長は、新聞事業以外の新規事業計画を詳細に述べ、有力投資ファンドから『社長室戦略チーム』に社長補佐として2人の人材を迎え入れたことを明らかにした。

 そして資産活用や企業買収の可能性に言及。「成長事業の創出は最優先課題です。目標の達成に徹底的にこだわっていきたいと思います」と、高らかに「成長促進」を宣言していた。

 自らの企業の成長にはあくなき「追求」を主張し、新聞購読者には「低成長もやむなし」と主張する姿には、ナベツネ氏ならずとも、業界筋からは「さすがに朝日新聞の伝統〝ダブルスタンダード〟は今年も健在ですね」と揶揄されている。

 一方、経済界からは朝日新聞に対し、こんな声が出ているのだ。

「低成長を容認する紙面をつくるのなら、広告出稿やイベントの協賛などのしつこい営業もやめてもらいたいものです」

(無料記事・了)

2017年3月7日

【無料記事】「安倍政権ブレーンの横顔」苦労人「谷内正太郎」

taniuchi2017-03-03 16.25.40

 少なくとも見える成果は皆無となった、2016年末の日ロ首脳会談。だが会議が終了した直後、安倍晋三に食い込み、今やべったりの関係を構築したNHKによる特集番組に、私の目は釘付けになった。

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【筆者】下赤坂三郎
【写真】内閣官房公式サイト「幹部紹介」より
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/kanbu/2013/yachi_shoutarou.html
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 もとより成果のなかった会談だ。いくら裏話を掘り出しても、それほど面白いわけではない。独占密着を果たしたNHKが気の毒に思えるほどだったが、首相本人が登場するインタビューに、ある人物が画面に映った瞬間、全てが納得できた。

 安倍が私邸の敷居をまたがせる「もう1人のアッキー」こと、岩田明子・NHK解説委員らしいロングの黒髪が映りこんでいたのだ。

 やはり安倍は、2人のアッキーに護られているのだと──〝本家〟アッキーは最近、「アッキード事件」で夫の足を引っ張ってはいるが──つくづく納得させられた画面ではあった。

 それはともかく、前後して登場したプーチンを待つ間、安倍を囲む側近だけの極秘会議の場面は、文字通り刮目に値した。

 テーブルに就いていたのは、元外務事務次官の谷内正太郎だったのだ。

 私は1月4日、山内昌之氏を取り上げた。
『【無料記事】「安倍政権ブレーンの横顔」ルサンチマンの「山内昌之」』
http://www.yellow-journal.jp/series/yj-00000419/

 谷内は山内昌之とも近しい、内閣安全保障局長である。もとより、山内を安全保障局の顧問に招いた当人の1人が谷内であるのだから当然であろう。

 だが、当の外務省プロパーからすれば、この谷内という存在はいささか特異なものに映るようだ。

 安倍外交のまさにブレーン中のブレーンとなった谷内だが、外務省OBや現場からの視線には冷ややかなものも少なくない。なぜか──。

 谷内は、大使を経ることなく次官に上り詰めた異質の外務官僚だからである。

 谷内が安倍とべったりとなったそもそものきっかけは、小泉政権において安倍が官房長官に抜擢された時期に遡る。その意味で、現在、側近中の側近といわれる経産省出身の今井尚哉は安倍の第1次政権以降の人材であるのに対して、その付き合いは古い。

 安倍のタカ派外交で理論的側面を支えてきたのが、この谷内だ。大使を経ていないからといって、それが外交官としての手腕、外交政策の視点に決定的な影響を及ぼすとは言い切れない。

 しかし、外交現場の矢面に立つのが各国における大使だとすれば、それを経験していない谷内は、いかにも理論先行で、パワーポリティックスを肌で身をもって知らないということにはなる。

「外交は実は理論ではなく、経験が決定的でもあり、とりわけ痛い経験の蓄積こそが大事」とも言われるぐらいだ。

 一気に上り詰めてきた安倍の思想信条に共鳴するまま、やはり次官に上り詰め、最終的に外務省の外の外務省という中途半端な安全保障局長に収まった谷内に対して、外務省内から冷ややかな視線が浴びせられるのは、こんな背景がある。さる外交官が打ち明ける。

「安倍にしてみれば、安全保障局に元外務次官の谷内を迎えることで、外務省も抱き込んだつもりかもしれないが、外務省は伝統的に、全省あげて、ということはない。欧州亜のそれぞれのスクールに分かれて、それこそ戦前の海軍陸軍並みの強烈な競争と派閥争いを繰り広げている。どこの大使も経ていない谷内が外交の現場をわかっているなどという者は外務省にはいない」

 その谷内は富山県出身で石川県金沢育ちと伝えられているが、血筋のいい外務省のなかでは、珍しい叩きあげの部類である。

 そもそも、富山から能登にかけて点在する「谷内=やち」姓の源流は、富山・南砺地方の山中奥地を源流とする一帯がひとつの発祥とするとみられている。

 最源流は世界遺産ともなっている、おわら風の盆でも知られる五箇山界隈であり、かつて加賀藩時代は、いわゆる政治犯、思想犯の流刑地であった。谷内姓はここを源流に、山をくだり、能登の先まで向かう途中で「牛谷内=うちやち」などと時と場所と職業に応じて姓のバラエティーを変化させていった。

 とりわけ富山から金沢にかけてくだった谷内姓の多くは、戦後のダム事業によって水没集落となった者たちによる集団移転や就職事情を背景とするものが多い。彼らのうち、優秀な者は石川県の金大附属や富山高校を経て上京し、外務省へと入省するが、ここで北陸閥は外務省内においても一大勢力を築いてきた。

 谷内という一族がまとった歴史的な水脈を辿れば、立身出世意識の極めて強い裏日本・北陸のさらに傍流としての苦難の道が見えてくる。

 たたき上げのなかのたたき上げ、そんな風景も見えてこよう。ならばこそ、一度つかんだ椅子は決して手放さず、権力への渇望と飽くなき執着は納得もできる。

 血筋のいい外務官僚らが大使の椅子に座るも、決して泥臭い次官レースに躍起にならないのに対して、安倍という上昇権力を握った谷内が、決してそれを手放さなかったのは、安倍の側の事情をおいても、理解はできる。

 安倍外交の枢要でありながら、そんな谷内の「外交観」はほとんど不明であるのも政権の最大の謎のひとつである。

 次官時代の谷内は、外交よりもむしろ、国内の情報操作に長けていた一面がある。外務省の記者クラブ「霞クラブ」に所属していた放送関係の記者が明かす。

「次官時代の谷内さんは新聞だけでなく、雑誌の編集長クラスともこまめに会食していましたよ。だから安倍さんが彼を重用したのは、外交上の情報収集力や分析力というよりも、国内向けの目配せのうまさであったのかもしれないなと思いましたね。局面に応じたひとたらしのうまさでいけば、それこそ電通や博報堂の人間並みにうまいです。ただ、あくまでもそれは国内向け、日本人向けですからね。外交の現場で通用するかどうかは、当の外務省の部下たちにも正直、わからなかったというところでしょう。なにしろ、谷内外交そのものには、実績がなかったというの現実ですから。どちらかといえば、旧内務官僚型であり、外交官というにおいはあまり強く感じなかったぐらいです」

 安倍外交のプレーヤーは、もちろん安倍晋三本人だ。父・安倍晋太郎は中曽根政権で外相を4期務めている。その姿を意識している側面があるはずだが、なぜか多くのメディアは安倍外交のシナリオを描く谷内に焦点を合わせようとしない。まるでブラックボックスだと諦めているようなのだ。

 メディアの〝弱腰〟を見ると、放送記者氏の述懐が更に重く響いてくる。次官時代に繰り広げた、旧内務官僚ばりの「記者たらし=マスコミ統治」が好を奏しているのかもしれない。

(無料記事・了)

2017年3月6日

【無料記事】熱海と「岸信介別邸」での「日本密室政治」秘話

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 2007年、静岡県熱海市梅園町で、さる料理屋が人知れず暖簾を下ろした。贔屓客には、脚本家の橋田壽賀子や、梅宮辰夫・アンナ父娘など、舌の肥えた有名人も名を連ねていた。

 今日、料理屋の閉店など珍しくも何ともない。実際に大した話題にもならなかったわけだが、この料理屋はかつて〝昭和の妖怪〟岸信介の別邸だったと明かせば、興味を持つ方もあるだろうか。

 因縁話ではある。07年といえば、9月に岸の孫たる安倍晋三首相が突然の辞任を発表した時だ。国民の多くが唖然、憮然とする中、12月に岸の別邸と謳っていた料理屋が店を閉じたことになる。

 だが「岸の孫」たる安倍晋三は12年、総理の座に返り咲く。一方、岸の別邸は彷徨を余儀なくされている。

 熱海の岸別邸。そこは実に興味深いエピソードを纏った、戦後政治の鬼門とさえ呼べる場所だ。しかしながら現在まで、安倍総理が別邸を訪れた形跡はないという。

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【写真】静岡県御殿場市の「東山旧岸邸」は一般に公開されている
https://www.kyu-kishitei.jp/
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 旧熱海市若林が、現在の梅園町だ。地名の通り熱海梅園に近く、眺望も抜群。別荘地の中の別荘地といえる。そこに岸信介は1600㎡に及ぶ敷地を持ち、屋敷を構えていた。

 岸は当時、東京都渋谷区南平台で「うなぎの巣」と呼ばれた細長く奥へと延びる邸宅に住み、首相私邸としていた。それはちょうど道玄坂を上がり、現在の国道246号線に面した養命酒ビルの裏手にあった。

 その南平台の邸宅とともに、熱海のほうを別邸とし、ときに財界人や旧知の政治家を招いては鳩首会談よろしく政治談議に花を咲かせていたのだ。その熱海別邸で、戦後政治の密談史に名を残す事件が起きた。

 安保条約の改定に政治生命を賭ける岸が、絶体絶命の状況にあったときのこと。

「やがて警職法の審議が国会で行きづまり、安保条約改定の時期尚早論も出て、岸政権は危機に瀕し、岸信介は三十四年一月二十四日に総裁公選をくりあげておこなうのだが、このとき熱海会談というのがあった。同年の一月早々に、岸は反対勢力の領袖である大野伴睦、河野一郎の両実力者を別荘に招き、岸政権への協力を依頼する」(岩川隆『巨魁 岸信介研究』ちくま文庫)

 警職法の改正は、岸が安保改定とともに進めていた、内閣の2大課題の1つだった。

 つまり政局は次のような次第だった。安保条約の改定という最大の政治課題に向け、行き詰まった状況を打開するために岸が熱海の別荘に有力者を集めた。

 そして、総理のイスを大野に〝禅譲〟することと引き換えに、安保改定への協力を取りつけたのだ。

「『自分のあとの総裁は、ぜひあなたに』と暗示しつつ頼むと、大野は、『佐藤栄作くんさえ、今後の言動に気をつけてくれれば……』と淡泊にこたえたという。」(『巨魁』)

 しかし岸は結局、この約束を反故にし、大野は総理の座に着くことなく世を去り、その政治生命を終える。

 ところで、熱海会談のこの逸話には、単なる昔話には留まらない意味があった。安倍総理は43歳のとき、こんなことを書き記している。

「例えば、安保を成立させるために大野伴睦さんを説得した。その中で、大野さんに次の政権を渡す念書を書き、大野さんを騙したと世間的にはいわれていました。そこで、その念書の件は本当なんですかということを、ある時、私と祖父と私の伯父とで昼飯を食べている時に、伯父が聞いたんです」(安倍晋三・栗本慎一郎・衛藤晟一『「保守革命」宣言―アンチ・リベラルへの選択』現代書林)

「伯父」とは、おそらく岸の長男である岸信和を指す。熱海の別邸は岸の死後長く、この信和が所有していた。

 この信和の問いかけに、岸はこう応える。

「『あれは、確か書いたなあ』と祖父はいいました。……祖父は食べながらちょっと考えていた。そして、『あれを書かなければ、安保はどうなっただろうか』と言ったんです。」(前掲書)

 その岸の話を聞いた晋三は急転直下、それをみずからの政治信条に引き付け、こう結論付けたのだ。

「例えば、当時の大野派の協力が得られない。党内もうまく行かない。よって安保条約も成立しない。とすると、人間の普通の社会での道徳は完うできるけれども、政治家としての本来の使命は完うできないでしょう。だとすれば、日本の運命はどうなるのか。だから、政治家は『結果責任』をより厳しく問われなければならないのではないか、とその時私は漠然と感じたわけです。」(同)

 この本が出版されたのは96年のことだ。しかし、文中にある「結果責任」を放棄したかたちで、岸の孫が政権を投げたのが07年9月。まるでその後を追うかのように、熱海の岸別邸もまた幕を下したのだから、皮肉な符号といえた。

 岸はこの現代政治史に刻印される華麗なまでの寝技で安保改定を実現させ、歴史にその名を刻んだ。その舞台が熱海だったということも、更に興趣が尽きない。遡ること1881(明治14)年にも、熱海では国会の運命を決定付ける歴史的な会談が行われてもいた。

 伊藤博文、大隈重信、井上馨の3人が集結して国会開設について話しあった、元祖「熱海会議」である。

 ところが、国会設置という日本の歴史上最大のドラマにも関わらず、この熱海会議の記録は一切残っていない。

 もちろん、記録が残っていない会談がそもそもあったかといえるのか、という疑問がある。それは、1881年10月14日付けで福沢諭吉から出された伊藤博文と井上馨の両氏に宛てて送られた手紙にそれが記されているだけなのだ。

 先に岸別邸を「戦後政治の鬼門」と形容したが、それは熱海という土地にも当てはまる。日本の政治史上において、驚くほど節目節目の舞台となってきた。特に戦後における「密室政治」の本丸だったことを考えれば、熱海こそが我々有権者にとっての鬼門だったことになるわけだ。

 話を元に戻そう。先に見た岸信介・大野伴睦の熱海会談だが、その場には児玉誉志夫も同席していた。元毎日新聞記者の大森実は児玉との対談を行った際、この真相を問い詰めている。74年5月25日「事件の真相が聞きたい」という大森の問いかけに、児玉は応える。

「…大野さんが『約束が違う。岸はおれを第一番にするといったじゃないか』というから『それは先生悪いぞ、この条件ができたときは、大野と河野が両輪のようになって岸を守る、盛りたてるという約束じゃなかったか。それを大野先生、あなたがコトを急いで、岸が最後の断末魔のとき、入閣してくれというのに、あなたは入閣されなかったじゃないか』と。…『岸内閣をつぶしたのはあなただ、はっきりいえば。だから、これはあなたがいう権利がないんだ。』」(大森実『戦後秘史』シリーズ・講談社)

 今となっては証言者のないこの権謀術数の宴に〝立ち会った〟のが、熱海市梅園町の旧岸邸だった。

 料理屋として使われている間も、居間に加えて寝室も当時のまま。熱海の急峻な斜面に建つその広大な庭からは、空気の澄んだ冬の朝、正面には熱海湾に浮ぶ初島が望め、右手には熱海城が間近に迫る。そんな景色を眼下に、魑魅魍魎たちが繰り広げた政の舞台がまた1つ、姿を消そうとしている。

 残念ながら「場所が梅園のそばなので、買い取るという可能性もゼロではないが、今のところは買い上げる予定はない」(熱海市緑農水課)とか。
 
(無料記事・了)

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