【連載】加藤ジャンプの「こんなところで呑んでみた」第3回「大田市場」 | イエロージャーナル

 築地じゃなければ、どこでもいい。

「市場で飲みましょう」と提案されたとき、最初にそう思ったのである。日本一の市場は今、もめている。そういうことを考えずに、素直に飲みたかったのである。

 大田市場まで朝酒を呑みに出かけたのである。築地じゃない、東京の巨大市場といえば、やはり大田市場である。フェラーリとランボルギーニみたいなものである。

 まだ夜も明けきらない朝6時過ぎ、JR京浜東北線の改札で編集者の初山さん(仮名)と待ち合わせた。

 始発に乗ったのである。当然、早起きをしなくてはならない。

 早起きは苦手ではない。案外毎日、朝刊が届くより先に目がさめていたりする。ただ、いつもの早起きに、これといって目的はない。勢いにまかせて、目を開けている状態を維持しているだけである。

 なにか次にやらなくてはいけない行動はない。始発に乗らないといけない、という緊張を強いられると途端に遠足前夜の子供のように興奮状態になり、寝付きも悪くなり勢い早起きは地獄になる。

 初山さんも、おそらく同じ事態に陥ったのであろう。改札のむこうにいた彼の両の目は、長い軟禁生活から開放された政治犯のようにしょぼしょぼで、ほとんど反射だけで横浜から大森までやってきたこちらを安心させた。

 これで大金持ちのファンドマネージャーと朝食を食べながらインタビューというような内容だったら、ひたすら遠い目をするのみだが、待ち受けているのは朝酒である。市場行きのバスの列に並んでいるうちに、すでに心は高揚している。

「長靴、はいてる人いませんね」

 市場を通るバスだから、プレートの付いたキャップを被った人や、ゴム長靴やゴムの前掛けをしている人が乗車しているかと思っていたら全然いなかった。当たり前にスマホをいじり、黙って市場へむかう。

 それで、思い出したことがある。先日、北陸地方の朝市に行った。ほっかむりした老婆が一杯、と期待していたら、ユニクロのダウンの人が大勢いて、ほっかむりの人はほとんど見られなかった。働く人のファッションはとうにグローバル化しているのである。

 大田市場はどこの駅から行っても案外遠い。どの駅からもすぐ着く築地とはそこが大きく違う。そして、建造物はどれも巨大である。ほど近い羽田空港からひっきりなしに離着陸する飛行機が間近を飛び、誰もが納得する近未来がそこにある。

 コンクリートの巨大な塊がいくつも立ち並び、それぞれの屋根の上に、場違いなほどファンシーな葡萄や筍のオブジェが看板代わりに掲げられている。まったく関係ないが、ジオングにドムの足を無理矢理くっつけたガンプラを思い出した。母さん、あの『ホビージャパン』誌、どこに行ったんでしょうね……。

 大田市場ができたのは平成元年のことである。面積は日本最大で約40万平方メートル。東京ドームがおよそ8個分の大きさである。秋葉原の神田市場、いわゆる『やっちゃば』、品川の荏原市場、蒲田分場、大森市場と築地の一部が合体してできた。市場の人に聞いたら、

「築地もみんな来るって話しもあったんだけど、すごく反対してね。あのときこっちに来てたら、今みたいなことにはならなかったのに。ここなら地下に水たまりなんかないですしね」

 と笑っていた。おっしゃるとおり。ちなみに、大田市場は野菜や花は日本最大の取扱高である。これで築地がここに合流していたら、ファイブプラトンで無敵だったはずだ。橋本真也と小川直也の「刈龍怒」をふと思い出す。市場はどういうわけか少年から青年期の記憶が甦りやすい。

 大田市場には築地のような「場外」はない。食堂の類いもぜんぶ市場の敷地内にあって、そこを一般人も利用する。事務棟と呼ばれる建物のなかに、たくさんの食堂が集まっていて、

「まあ、ここが築地で言うところの場外ですなあ」

と事務棟ですれ違った市場の方が教えてくれたが、たしかに、いろんな店がそろっている。

 もちろん早朝からやっていて、酒も飲める。喫茶(ビールはある!)、中華、定食屋、居酒屋兼小料理、洋食、そして寿司。

 楽園である。楽園ではしご酒。最高である。 ■―――――――――――――――――――― 【著者】加藤ジャンプ 【記事の文字数】5300字 【写真】山桜食堂の肉団子

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